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プロローグ

 相馬鳴(そうま なる)は平凡な少年だ。  テストを受ければ平均点。身長や体重は高校生男子の平均値。顔立ちも美形からはほど遠いが不細工というほどひどくもない。  優れた点もなければ劣った点も特にない。平凡オブ平凡。  平凡という言葉がこれほど似つかわしい人間もいないだろう。鳴は常日頃からそう自負している。  鳴はふと足を止めた。目の前を風に千切られた桜が流れていく。  高々とした塀から桜の枝がのぞき、アスファルトを可憐に汚している。  四月上旬。そろそろ桜の季節も終わりだ。  今日は鳴がこれから通うことになっている高校の入学式だった。  私立春夏冬(あきなし)学園は校名はふざけているがレベルは高い。日本中の良家の子息が通う学校だ。平凡な家柄かつ平凡な学力の鳴には不相応な高校だったが、 「鳴、春夏冬学園に入りなさい。それ以外の高校に入ることは許さんからな。もしも受からなかったらどこかに就職して働け。わかったな」  相馬家の当主であり鳴の祖父でもある相馬史高(そうま ふみたか)にそう言われてしまったのだ。  この若さで働くなんて。そんな悲劇はまっぴらごめんだ。  もうしばらく――せめて高校卒業まで、できれば大学卒業まで親の臑を囓っていたい。クラスの女子とフォークダンスで手を繋ぎたいし、修学旅行の自由時間は好きな子を誘って一緒に回りたいし、卒業式は後輩の女子に制服の釦を奪われたい。  そんな野望を原動力に必死で勉強した結果、鳴は合格者の端っこに名を列ねた。が、あいにくと春夏冬学園は男子校だった。それも全寮制男子校だった。  そのことを知ったのは受験に合格した後のことで、文字通り後の祭りだった。 (……だから受験生が男子ばっかりだったんだ)  紆余曲折はあったのものの、そういったわけで鳴は私立春夏冬学園の生徒になったのだった。  まあ、男子校だって慣れてしまえばそれなりに楽しいこともあるだろう。近くの女子校と交流があるかもしれないし。春夏冬の生徒は女子人気が高いという噂だから、休みの日は制服姿で街をうろつけばちょっとはモテるかもしれない。  鳴は楽観的だった。  が、しかし―― 「相馬鳴、おまえは今日から俺の奴隷だ」  これから数十分後、鳴は悪魔のような男にそう宣告されるのだが、そんなことを今はまだ知るはずもない。 「いい天気だなあ。なんだかこれからの高校生活を暗示してるみたいだ。幸先いいなあ」  のほほんとした笑顔を浮かべながら春夏冬学園までの道を歩いていく鳴だった。

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