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第8話

「.....ずっと前から覚悟して決めてたのに、全部なかったことになった」 ぼんやりとした表情のまま腕の中で呟く巴弥天に、乗り出すように太平は顔を近づける。 「ずっと前ってな.....、全然気づけないでゴメン」 「バカだな。俺が太平に気づかせるなんて、下手を打つわけないだろ」 ドヤ顔で言葉を返す巴弥天に、太平は不満げに唇を尖らせて頭を巴弥天の肩に載せる。 「もうそんな悲しいことばっか、先に考えたりするなよ。同じ人生なら、愉しく生きた方が得だろ」 「.....俺は危ない石橋は叩かず、渡らない方針なんだ」 君子危険に近寄らずだからなと告げる巴弥天の額を指先で弾く。 「昔杞の国の男が、空が落ちるんじゃねえかって考えるアレだろ。でも空は落ちねえし、死なば諸共。どうせ死ぬなら、最期の一瞬まで笑ってた方が勝ちなんじゃねえの」 告げた太平の脳天気な言葉に、巴弥天は細い目を大きく見開いて、ふっと唇を緩める。 「勝ち負けじゃないんだけどな」 肩の上に載る頭の重みに、笑みを深めながら太平の茶色くふわふわした髪を撫で梳く。 「でも、太平に言われると、そんな気がしてくるから、不思議だよ。そういう太平の性格にすごく惹かれたのに、離れることばかり考えてて、すっかり忘れてた」 いつだって太平は前向きで、ここの生活に慣れなくても新しい楽しみを見出そうとしてた。 最終的に彼女に振られて自棄にはなって脱走しようとしていたけど。 「折角の高校生活最期の時間を、無駄なこと考えて使っちまってたな。でもその分、これからの新しい時間、巴弥天と幸せに過ごすから、期待しとけよ」 巴弥天は太平じっと見つめ返すと、その腕をギュッと握る。 「ムリはしなくていい.....」 「だから、俺がしてえの」 引き気味の巴弥天へ、太平は遠慮ばっかりしてんなと呟くと、俺に期待してと告げて鼻先に唇を押し当てた。

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