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水1
「葛西……これって……まるで 裏切り行為、みたいじゃないか……」
同じ姿勢を強要されて、腰から肩にかけて痛むのだろう。高梨は身をよじりながら俺の目線をのぞき込む。
「あと何日こんなことを? もう嫌だ。帰らせてくれよ」
苦情ならもっと怒った言い方をすればいいのに、これでは懇願だ。
生徒会のトップだったくせに、書記だった俺に強い態度をとることはない。
顔を赤らめ、目を赤くして俺に許しを請う。こいつのこんな姿を他の奴には見られたくないから、ドアも窓を開け放つ訳にはいかない。生徒会長だった高梨の威厳を保つために。
グラウンドが一望できる校長室のすぐ隣。年季の入った厚いガラスが嵌った窮屈な一室は、誉田学園の生徒会室だ。午後の陽射しで十分に明るく、暖かい。この部屋が先取りして春を迎え入れている。
卒業式まであと一週間。
高梨は、卒業式までの毎日この部屋で……
……一日5個、制服の上着のボタンを付け替えなくてはならない。
卒業式に備えて第二ボタンを水増し量産するなんて、聞いたことないぞ。
自業自得だ。約束を果たすために、ゴツイ身体を小さく丸めて、指先に針を刺しては飛び跳ねている。こんな姿、みっともなくて他の生徒にはとてもじゃないけど見せられない。
。 。 。 。 。 。 。
事の起こりは、生徒会が設置した目安箱。
ある日、『卒業式の日、高梨会長の第二ボタンを下さい』という無記名の一票が投じられた。シンプルな文面は、もしかしたら恋文だったのかもしれない。
回答と共に掲示板に貼り出すと、全校が湧いた。
「……高梨は、かぐや姫なのか?」と声が上がるほどの無茶振り。
『高梨です。ボタンは、特に予定はないから、学園に貢献した人にあげる』
書き出しはシンプル。
『文武両道がこの学園のモットーです。部活動の功績で名を挙げてください。
体育会系は関東大会優勝以上、文科系なら全国レベルの活躍、帰宅部はネットニュースに乗るレベルの善行。
この学園の名を世に残した人に、卒業式の日、ボタンを渡します。
まずは生徒会室にチャレンジ内容を申請してください。』
本気も冷やかしも併せて百通近い申請書が提出され、条件をクリアしたのは68件だった。
野球部は春の選抜に出場が決まり、サッカー部は正月返上で全国大会準決勝進出。テレビで生中継された。ブラスバンド部は全国コンで金賞、科学部は公募の学会で高校生唯一の発表団体に選出、百人一首クイーンに、文学賞受賞者、まさかのアイドルデビューするものまで現れた。
皆が本気で取り組んだ結果に感動し、「その努力のひとつ一つを無下には出来ない。“第二”ボタンに限定は出来ないけれど、きちんと胸元を飾ったボタンを渡したいな!」と言い出したのは、他でもない、高梨自身だった。
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