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酒1
簡素なソーイングセットを広げ、制服の前ボタンを購買部で買った新品に付け替えている高梨元会長。背中を丸めてちまちま針を動かす様は、不慣れで、不器用全開で。堪え切れず笑ってしまった。
「笑うな葛西。……もうこれ止めよう? もう、そのまんま配ればいいじゃないか!」
手元のジッパー付きビニール袋に残った新品のボタンは23個だ。
「やめてもいいけど、それこそ高梨の言う 裏切り行為、だよねえ?
みんな、会長の第二ボタンが欲しくて約束を果たしてくれたのに、ただの新品ボタンを渡すんだ? おまえがそれでいいのなら、いいんじゃない?」
そう返せば、責任感の強いおまえは一言も出ないだろう?。
言い出したのは他の誰でもなく、高梨なのだ。
思えば入学以来、俺はこいつに何度助け舟を出しただろう。高梨は分をわきまえずに何でもかんでも請け負ってしまうところがあるから、その度に根回しと地固め、お膳立てに奔走するのは俺だ。エンストして立ち止まった高梨を、ジャッキで持ち上げて不具合をつついてやる。
生徒会だって、ほいほい会長に担がれやがって! 俺がどうにか書記になれたから手助け出来たものの、1人だったらどうするつもりだったんだろう。
「ボタン付け、無意味な気がする?」
「うん……」
はいはい、俺の出番ですね。
「物は考えようだろ。スーパーで売ってる料理酒ってあるじゃない? あれは無意味? 役に立たない?」
……料理酒やみりん風調味料は、塩が入ってるから、そのまま飲むにはそぐわない。でも、そのまま飲めないことで酒税法の隙間を縫って販売店を選ばないし、未成年者も購入できる。
「本物より味は落ちるけど、入れた方が旨味が増す。無いよりあるほうがいいだろ? 酒は酒。法律の隙間を突いた、合法の販売方法だよ。ズルじゃない。
このボタンは、僅かな時間だけれども、会長が身に着けた本物だ。高梨の頑張りのお陰で、全部がホンモノ! 大勢が喜ぶ! これって、スゴイことだ」
この程度の言葉に、ああ、すごいかも。と目を輝かせるおまえは単純か。
本来ならたった一つの制服の第二ボタン。
ジャラジャラと68個に水増しされたけれど、会長が(わずかな時間だが)きちんと身に着けたものだ。何かの気が乗り移って、輝きを増すだろう。ちょっとは気持ちが上向いたようで、高梨は再び縫い針を手にした。
「葛西、ボタン付け、楽しいよ! お前もやってみる?」
誰がやるか。アホ!
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