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酢1

 入学した春から、高梨のことをずっと追いかけていた。  高梨というのは不思議な奴で、1年の頃から人が嫌がる当番でも委員でも、何かと他人に担ぎ上げられることが多い。  やらせてみれば、案外上手く行く。我が強く、白黒はっきりさせたがるところはあるが、意見は聞き入れ、少数派にもフォローを入れ、揉め事になる前にウマくまとめ上げてしまう。話し方も明朗快活なので、生徒会役員選挙も、すんなり当選してしまった。  今回も、自分の決めたことにがんじがらめになりながらも最後までやり遂げようとする。  また黙々と針を動かし始めた高梨を横目に、机に広げられた書きかけの原稿を手に取った。 「卒業式の答辞?」 「うん。なかなか進まなくてさ。いざとなったら白紙で持って思いつきで読むか!」  ああ。高梨ならやりそうだな。 「まずは入学した春の話だろ?『わたしたちが、この、のもんをくぐったのは――』」 「おい待て、またスブタって言った!」  自分たちの学校名は「誉田(すぐた)学園」。他校の生徒からその名がスブタ学園とあだ名されているのはこの土地のものは皆知っている。  が! 自校の生徒、しかも生徒会長を任せた男に言われると、さすがに腹が立つじゃないか。 「やめてくれよ。本番で間違えたらどうするんだよ! ちゃんとスタって読んでくれよな」 「あれ? 俺、ちゃんと読んでなかった?」  ……こいつに悪気はないと信じたい。  入学以来、特に生徒会の役員になってからというもの、高梨も俺も学園のために走り回った。スブタなんか滑り止めだったから、愛校心の欠片もなかったはずなんだけど、学校大好きな高梨の周りに居る毎日がなんだか楽しくて、三年なんてあっという間だったな。 「どうした?葛西。考え事か? 心ここにあらずな顔をしてる」 「もう卒業だと思ったら、なんだか、な」 「焦ってるのか。何かやり残したことはないか、今更考えてるの?」 「今更だけどな。高梨も卒業の前くらい自分のことを済ませたらいいのに。  大体おまえは、みんなのため、学園のため、が多過ぎるんだよ。自己犠牲ってやつ? 」  …お前の色恋話なんか聞いたことないぜ? だから、隣に居られたんだけれども。  俺が知らないだけで、本当は誰かに身を焦がしたりしていたのだろうか。 「浮いた話の一つくらい、有ってもいいと思うよ。卒業前に会長の恋話、聞かせてくれよ」  俺は、自分で自分に引導を渡してしまった。

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