1 / 3

第1話 BAR月光

 小さな繁華街の細い路地の奥に、その店はあった。  少し古ぼけた看板が照らすは店の名前。『月光』。  店内にあるのは、5人も座れば一杯のカウンターと、複数人用のソファ席がいくつかだけ。  落ち着いた雰囲気の、まさに『大人の社交場』という言葉がぴたりと似合うBARである。  しかし、今現在、店内からは、社交場とは程遠い怨み混じりの酔っ払いの声が響いているのであった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆ 「……って訳なんですよぉ……。月岡先輩、聞いてます!?」 「ちゃんと聞いてますよ。それと日野さん、店では『マスター』と呼んでください」 「はーい! 先輩、了解しました!」 「…………」  月岡と呼ばれた男は、ため息混じりに大きく息を吐くと、 「少し飲みすぎですよ。どうぞ、お冷です」  しかし、そんな店主の気遣いは酔っ払いの心には響かないようで、差し出されたお冷を完全に無視するように、手前にあるロックウィスキーを一気に喉へと流し込む。  そんな酔っ払いの様子を見て、店主はまた大きなため息を吐くのであった。  店主の名は【月岡蒼士(つきおかそうし)】。  ここ、月光の店主であり、この酔っ払い【日野煌太(ひのこうた)】の高校時代の野球部の先輩でもある。  夜の街に居を構える長身長髪の月岡と、ぐだぐだに酔っ払った、小柄で小動物を思わせるような日野のコンビが、白球を追いかけて汗を流していた姿などとても想像できないが、事実なのだから仕方がない。 「先輩~。なんで女ってやつは、俺のいいところ分かってくれないんですか~? 俺、今回はマジだったんですよ。ああ……経理の裕子ちゃん……」 「まあ……男と女は色々ですから」 「今回なんて、願掛けしてしたんですよぉ……。なのに、あっさり……」  酔いと共に話題もぐるぐる回るようで、日野の口から本日何度目かも忘れた『経理の裕子ちゃん』の話題が語られようとした時、奥のスタッフルームの扉が開き、小柄で可愛らしい女性が顔を出した。 「マスターお疲れ様でーす……。あ……日野さん、まだクダ巻いてるんですか?」  女性は【戸田未来(とだみき)】。月光の従業員だ。 「ああ、未来ちゃん……。俺のどこが悪いんだ!? 教えてくれよぉ……」 「ええっと……。とりあえず、ですね」  まさに一刀両断。  未来の言葉に切り伏せられた日野は、頭からカウンターに突っ伏してしまうのだった。 「それじゃ、お先に失礼しまーす」 「はい。お疲れ様」  月岡と短いやり取りをして、未来は店から出て行った。  残されたのは、未だカウンターに突っ伏したままの日野と、それを見下ろす月岡のみ。 「日野さん。そろそろ店を閉める準備をするので、起きてもらえませんか?」 「う~……しくしくしく……」 「…………」  声をかけても、日野が動く様子はない。  すると月岡は、先程自分で用意したお冷をおもむろに手に取り、じゃぼじゃぼと日野の頭にかけたのだ。 「うわっ!! 冷たっ!? なにするんですか先輩!?」 「おい煌太……。お前、いい加減にしろよ」  さっきまでの優しく礼儀正しい口調の月岡はどこに消えたのか、眉間にしわを寄せ、鋭い眼光で日野を見下ろす月岡がそこにいた。

ともだちにシェアしよう!