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第2話 月光ノ下
「せ、先輩? なんでそんな怖い顔してるんすか? これでも俺、一応客ですよ。いきなり水かけるなんてヒドイじゃないですかぁ」
「だから、さっきまでは優しくしてやってただろうが。店は閉店して従業員は帰った。もう周りに気を使う必要もない。営業スマイルも終了だ。ほら、お前ももう帰れよ」
そう言いながら、月岡はタバコに火を点けた。
大きく吸うと、火種がひと際眩しく燃えてシックな店内によく映える。
口の中で十分に堪能された煙を吐き出して、月岡は再び日野へと視線を移した。
「お前が帰らないと俺も帰れないんだよ」
「え、今何時……。うわ……終電終わってる……」
少し呆然とした後、日野は小動物のような顔で月岡を見つめた。
「……言っとくが、うちには泊めないからな」
「そんなぁ。俺と先輩の仲じゃないですかぁ」
「ただの先輩後輩なだけだろ。大した仲じゃない」
「店主と客でもありますよね?」
「閉店時間を越えた時点で無効だ。残念だったな」
「ぅうう……。頼みますよぉ。今日はひとりになりたくないんですよぉ」
涙混じりに縋りつく日野を見て、月岡は頭をぼりぼりと掻きながら、カウンターを出て日野の隣に腰をかけた。
「……お前が振られるのなんていつものことだろ?」
「そ、それはそうかもしれないですけど……。カッコよくてモテモテの先輩には、俺の気持ちなんて分かんないんですよぉ」
「あのな、俺だってそんなモテてるわけじゃないぞ」
「なに言ってるんですか。俺、知ってますよ。この店にだって、先輩目当ての女の子が一杯来てるじゃないですか。それに、俺の勘だと、未来ちゃんと先輩は絶対にデキてるって……」
「あの子はただの従業員だ。俺とは何も無い」
「そうなんすか? じゃ、俺が未来ちゃんにアタックしても――」
「うちの従業員に手を出したらぶっ殺す」
にこりと笑いながら言う月岡に只ならぬ気配を感じ、日野は言葉を詰まらせた。
「それに、お前も分かってると思うけど、あの子、性格けっこうキツイからな」
「いや、まあ、それは、はい……。でも、人肌恋しいんですよぉ」
「まあ、振られた夜に独りになりたくない気持ちも分かる。……俺でよかったら朝まで付き合ってやるよ」
「……先輩。俺、もう、ほんとに……先輩大好きです!」
「おいおい。なにバカ言ってんだよ」
「バカじゃないですよ! あんな薄情な女達なんかより、先輩のほうがずっとずっと優しくて素敵ですもん!」
目をキラキラと輝かせながら、日野は月岡に顔を近づけた。
「言っとくけど、俺にも選ぶ権利ってもんがあるんだぞ。なんでわざわざ煌太なんか……」
「でも先輩って、ホモって噂あるじゃないですか?」
「…………はあ? いったい誰が言ってたんだよ?」
「高校の頃から皆言ってましたよ。俺、他の先輩から「月岡はホモッ気があるから、ケツには気をつけろ」って言われてましたもん。未来ちゃんにも、先輩目当ての女性客にも興味無いみたいだし、噂は本当だったのかなぁと」
タバコを乱暴に灰皿に押し付け、二本目のタバコに火を点け、月岡は口を開いた。
「……ったく……。……アイツらロクでもねーな……。……なんでお前は、そんな噂のある俺にちょこちょこ会いに来てるんだ? お前はホモか?」
「いえ、俺は女の子大好きです! でも先輩って、中性的な顔立ちって言うか……下手な女よりキレイって言うか……先輩にだったら、いいかな……って」
「なーんて」と続けようとした日野の口は、月岡のくちびるで塞がれた。
月岡の舌が、日野のくちびるの隙間から口内へと挿れられる。
歯をこじ開け、日野の舌に絡みつき、口内の隅々まで味わい尽くすようにねっとりと嬲っていく。
やがて、月岡が顔を離すと、二人のくちびるから唾の糸がつっと伸びて、すぐに消えた。
「え……あの……せん、ぱい……?」
「……本気にしてもいい?」
日野が答える前に、再び口が塞がれた。
月岡の中性的な顔立ちとは真逆の、獣のようなキスが、日野を侵していく。
「っぷは……。先輩、なんで急にこんな……」
「……お前が悪いんだぞ。周りのヤツには手を出さないように抑えてたのに……」
キスで口を塞ぎながら、しなやかな月岡の指が日野の服にかけられる。
ネクタイを外し、ボタンを外し、ベルトをカチャカチャと外しにかかる。
「ッッ!? 止め……!」
抵抗の声は、くちびるに吸い込まれて消えていく。
手足をバタつかせて足掻いても、長身で引き締まった身体の月岡の前には、なす術 もない。
ましてや、日野の身体は深酒で力が入りにくくなっているのだ。もはやなすがままである。
月岡の舌は時折くちびるから離れ、日野の耳を、首筋を舐めあげる。
服を脱がしていた指は、薄い胸板の小さな突起に照準を合わせ、羽毛のように軽やかに撫でていく。
月岡の舌に指に蹂躙され、日野は瞳も虚ろのままに、されるがままになっていた。
衣服ははだけ、月岡の舌に力無く舌を絡め、月岡の愛撫に合わせてぴくぴくと身体を痙攣させている。
そんな日野を立ち上がらせると、後ろのソファの上に座らせ、月岡は自身のネクタイをしゅるっと緩めた。
「……せん……ぱい……」
「蒼士 でいい」
「蒼士、さん……」
「煌太……。怖がらなくていいよ。このまま……俺に委ねて……」
ふたつのシルエットが重なり、少し薄暗い月光の灯りの下で、脳をとろけさせるような嬌声が響き始めた。
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