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第1話

「いらっしゃ〜い」 夜になるとこの界隈(かいわい)は華やかになる。 「久しぶりだね〜スバル」 「え!お久しぶりですー!吉川さん!」 僕は会社の事務の仕事をする冴えないサラリーマンだった。しかも非正規雇用。 それでも真面目に働き、早々に夢だったお店を開くことが出来た。 今ではかなり収入も増えて、お店を開く時に借金した金もすべて返済した。 お店の収益は開いてからずっと黒字をキープしている。 この界隈でもかなりの人気店になることが出来た。 「あっ、そうそう!今日は後輩連れてきたんだよー」 カウンターに座った吉川さんとお連れの後輩君。後輩君はおしぼりで手を拭きながら僕に会釈する。 (待って。モロタイプなんですけど!!!!!!) 周りにキョロキョロ目を向ける彼はこんな店に来たことが無いのだろう。 きっとノンケだ。 気持ちを顔に出してはいけない。 「こいつは久保 悠一(くぼ ゆういち)。結構イケメンだろ〜?会社でも女の子にキャーキャー言われてるんだよー」 後輩君の肩をバンバン叩く吉川さんは妻子を持ちながら、ゲイであることを隠して生活している。 かなりの重要秘密事項であるゲイを知られてもいいと思うくらいに彼は信用のおける相手ということか、もしくは彼自身もゲイ。 「どうも〜明石 昴(あかいし すばる)っていいます。久保さんはこういう店初めて〜?」 「あっ、はい。初めてです」 少しびっくりしたように目をぱちくりさせる久保さん。 「ああ、もしかしてびっくりしちゃったかな?」 「俺も初めて来た時はべっぴんさんだからびっくりしたよなぁ」 僕はおネェである。 女性になりたいと思ったことはないが、綺麗でいたいとは思う。 元から少し中性的な顔立ちだったので、化粧とウィッグだけで女と間違われるほどの出来になる。 でも声はどうにもならないので、こういう店にも来たことがないノンケくんは大体見た目とのギャップにびっくりするのだ。 「吉川さんとは違うんですよ〜。久保さんはきっと私の声にびっくりしたんだわぁ」 「ああ、そっちか」 「久保さんてノンケさんでしょう?吉川さんが打ち明けられるなんて、とっても信用出来る人なんですねぇ」 この時微笑みかければノンケくんでも少しはキュンとしてしまうものなのだが、一向に久保さんはトキメク様子が見られない。 これは「あっ、おネェだ。やばい」とか思われてる可能性大...。 「そうだな。今俺、久保と2人で回してる仕事があるんだけど、こいつすっごいデキるやつでさぁ。危うく惚れちゃうところだったぜ」 笑いながらグラスの氷を揺らす吉川さんはかなり酔いがまわってきているようだ。 「吉川さん、何かあったんです?」 「奥さんと今朝喧嘩しちゃったみたいで、帰りずらいから一緒に飲め!って誘われちゃって。ここ、2軒目なんです。結構吉川さん酔ってるのかも...」 吉川さんの代わりに人の良さそうな笑みを浮かべて答えた久保さん。 「あらあら〜。それなら尚更早く帰らないとですよ〜?今お水出しますからね!?」 カウンターに突っ伏し始めた吉川さんにお水を差し出す。 「んんん、スバルまでそんなこと言うのか〜?」 そういえば初めて吉川さんがここに来た時も奥さんと喧嘩したと言ってやってきたのだ。

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