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第21話
危険である、と体が本能的に気がつく。ぞわりとした背筋から鳥肌が広がった。
細くて長い指先から伝わる穏やかな狂気は、思考を止めさせた。
(あ……待っ…)
涼真が気付いた時にはもう手遅れだった。
身構えるよりも先に身体の向きを変えられ正面に向き合うようにされ、顔が上向きになるようにされる。ばさりと肩にあったブランケットは足元に落ちた。
全力で振り解けば簡単に解けるくらいの力加減、だが涼真の体は全く動かない。瞬きすらできないのだ。
少し悲しそうに眉をひそめ小さく微笑する真尋は、まるで嘘をついた子供を責めるようなに震える涼真を見下ろした。
「……本当に?」
「っ…」
喉が上下する。するりと腰に手が回り、逃げようと思う前に引き寄せられた。
「人間の記憶は曖昧だし、一つの知識をずっと覚えられる保証はどこにもない。……ましてや、あんなことの後じゃ、本当に忘れてしまうことも有り得ない話じゃないと思う。
……でも、」
そこで一度言葉を切り、肩よりも長くなった涼真の髪を指に絡ませる。
「ねぇ、鈴香……
…また自分が弟くんだと思っていない?」
心臓がばくん、と大きく跳ね上がった。唇がわずかに開き、精一杯の声を絞り出す。
「ち、が……」
涼真の返答を聞いて真尋は傷ついたように一度眉を曇らせ、視線をベランダの外に向ける。
「さっき、バイクが通った時に何しようとしたの?
…助けを呼んで、鈴香のご両親の元に戻ろうとした?…そうしてまだ弟くんが生きているみたいに鈴香が成り代わって生活するの?」
「ちが……う…」
「じゃあ教えて。あの星座はなんて名前?」
鈴香なら知っているよね?と真尋は再度問い詰める。ふるふると涼真は首をわずかに振った。
懇願するように見上げる。
姉と違い、涼真は星座は全くわからない。適当に何か言おうとしても、浅い呼吸で脳に酸素が上手くいかず何も思い浮かばない。
「わから…な…」
「あの星座、俺が名前を聞く度に鈴香はこう言ったね。
『弟もよくわからないって言うの、いくら言ってもどの星がどの星座かちっともわからない、って』
……わからないフリは、弟くんの真似?」
「違う…本当に、許してください……わかんないっ…」
恐怖で涙がぽろぽろと溢れでる。愛しむように真尋は涼真の目元にそっと唇を落とした。
「鈴香……」
するりとまた、髪が撫でられた。壊れ物を扱うような優しい感触に、涼真は肩を小さく震わせる。
いつもよりも穏やかで、そして切なく掠れた声が涼真にとどめを刺した。
「『覚えてない』じゃなくて、『わからない』、だね?」
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