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毎日を積み重ねていたら、いつの間にか入社して3年になろうとしていた。 課長と一緒に回っていたお客さんも自分の担当になって任されるようになったし、新人をつれて出向くことも多くなった。 『後ろについていた和泉さんが、後輩を紹介しますなんて挨拶にくると感慨深いなぁ』 そんなふうに言ってもらえて、ようやく社会人になった気持ちがする。 わからないことがあってアキに電話することも少なくなった。かわりに仕事相手として接することもたまにある。僕の会社の女性社員にアキは人気だ。そりゃそうだアキはどんどん格好良くなっているんだから。それに比べて僕は・・・。ジムにいって鍛えようかなと綾にいったら、ムキムキは僕に似合わないと言われた。そんな簡単にムキムキになるもんか。 綾とは1年くらいの付き合い。かわいい人だし穏やかなところが気にっている。 映画の趣味は・・・もうこれは諦めた。長い付き合いのアキと比べても相手がかわいそうなんだってことに最近気がついた。 僕だって彼女の好きな美術館に連れて行かれても、あんまり楽しくない。 恋愛は妥協の産物だと誰かが言ったけど、ほんとうかもね。 今日は給料日なので綾と食事にいくことになっている。 僕は相変わらず料理ができないし、彼女が作ってくれるけど、まあ、正直上手とはいえない。 お母さんに習わなかったの?と聞いて、気分を害された。 自分でつくれないけど、旨い不味いはわかるんだ。だから食事は外ですることが多い。 前にアキに教えてもらった和食のおいしい店にいくことにした。だんだん年をとってくるとさっぱりしたものがほしくなる。 店に入ると見慣れた背中が見えた。 「あれ?アキ?」 アキが振り向く。僕の笑顔はこわばった。 アキの向かいに綺麗な女性が座っている。黒いジャケットとタ一コイズブ一ル一のシャツを着こなし、ビ一ルを飲む姿は格好良かった。颯爽としていて自信に溢れている。 自分の見せ方を知っている、かといって媚びる種類のものではない。魅力的とはこういう女性のことをいうのだろう。 アキは恋愛の話は相変わらずしないから、付き合っている人がいるのか知らなかった。 たぶん男性なんだろうと思っていたけど、僕にはピンとこなかったし想像もできなかった。 でも今アキと一緒にいるのは女性。 アキにゲイだと思うと打ち明けられた時より、今のほうがショックを感じている。そのことに僕は自分に驚いた。 「あ、お前もデートだったのか。」 その言葉で「デ一ト」だということを見せ付けられたような気がした。打ち合わせや仕事関係の知り合いではないってことだ。 「あ~アキもだったんだ。奇遇だね。なんか照れるな。アキにメールしようと思ってたところだったんだよ・・・。あ、じゃあ、またね。」 僕の口は勝手に開いて、シドロモドロな言葉がでていた。 別にメ一ルしようなんて今言うことじゃないし、僕は何をいっているんだ? 彼女を紹介しようかと思ったけど、店員に促されてテ一ブルに向かって歩き始めていたからやめた。なんとなく紹介したくなかった。 でも僕はまた振り向いてアキに近づいた。 「アキ、綺麗な人だね、びっくりした。それと見たい映画があるんだ。またメールするね。」 別に言いたかったことではないけれど、アキの目を僕に向けさておきたかった、一秒でも五秒でも。彼女じゃないんだよ、友達だよと言って欲しい、そんな気持ちだった。 でもアキは何も言わなかった。僕は綾の待つテ一ブルに行くしかなかった・・・。 「かいの友達?なんか格好いい二人だったよね。絵になるっていうか」 そうなんだ、二人はピッタリはまっている。憎らしいくらいに。僕は胸に渦巻くドロドロした思いに気がついた。これは嫉妬だ。アキを取られた嫉妬なんだ。 友達に彼女ができて付き合いが悪くなる親友に思うたぐいの子供っぽい嫉妬だ。 「友達とられてつまんないって顔している。」 クスクス綾に笑われて、顔は笑ってみたものの、僕の中は煮えたぎった。初めて綾のことを煩わしいと思った。 僕はテ一ブルの向こうから聞こえてくる話の半分も聞いていなかった。こんな僕は僕らしくない、こんなこと初めてだ。アキに彼女がいた。それだけじゃないか。 何故僕はこんな真っ黒な気分なんだ! アキが席を立つのが目に入る。 店員に渡されたコ一トを彼女に渡している。何か言って笑い合っている。 あの人は僕と同じくらいの背だろうか。アキと並んでも引けをとらない。華やかな人・・・。 そしてアキは出て行った。 僕のほうを見もしないで。 僕の忍耐力はそこまでだった。何か話している綾をさえぎって「気分がすぐれないから帰る」と席を立った。多分僕は顔色が悪かったんだと思う。気分がすぐれないのは本当だったし。 綾は何も言わずに席を立った。そのまま店の前で別れる。 とにかく僕は一人になりたかった。 誰とも一緒にいたくなかった。これ以上誰かといたら傷つけてしまいそうだ。 それから僕の毎日は重たいものに変わってしまった。 以前はアキ=楽しい、そんな感じだったのに、今はアキのことを思うとどす黒いものが湧き上がってくる。自分がおかしいと認めざるを得なかった。 自分でメ一ルをするとアキに言ったくせにできない。いったい何をメ一ルすればいい? 会社にいって一人の家に帰る。なんとなく綾にも会いたくなくて、何かと理由をつけて遠ざけてしまう。 アキからも連絡はこない。 見ているわけではないテレビだけがついた部屋。僕はベットに寝そべってぼおっとしていた。 この時間が最近疎ましい。アキが容赦なく思考にはいりこんでくるからだ。 あのあとアキはあの人とどこかにいったんだろうか? アキの家に行ったんだろうか・・・? アキはあの人にキスをした? アキのあの薄い唇が少し開く様を想像して・・・身体が熱くなる。 アキのあの長い指が頬にふれ首筋をなぞり胸におりて、ゆっくり背中に回る。 アキの唇が首筋にふれ、熱い舌が這う。 平らな胸をまさぐり固くなった尖りを捏ねる。 腰に降りた手が、期待ではちきれそうな僕自身に触れ・・・・。 アキがあの人にどうやって触れるのだろうと考えていたのに、いつの間にか相手は自分自身にすり替わっていた。 そして想像しながら勃起している自分を認めて愕然とした・・・。

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