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「言わんとしていることはわかるけど、わかんないな。これってハッピーエンドなわけ?」 「なんで?」 「だってさ、僕がD・ムーアなら、買われてるよ?」 思わず俺は和泉の顔を見た。 「て、ことはだ。お前は心を買えると思うのか?」 「だってデミの彼氏だかダンナは正直ぱっとしない。 君を買おうという男はレッドフォードだ。おまけに胸にくる後悔ものの恋愛の傷を持っている。イケメンで金持ち。心を売る前にレッドフォードに惚れるのが普通だと思うけどなあ。」 「・・・。」 「レッドフォ一ドの役が不細工だともう少し違ったのかな・・・。まあ、映画の話は何か食べながらだね、どこかに入ろうよ。」 和泉に適当な合いづちを打ちながら後ろを歩く。 売ってくれるなら、俺が買う。結局のところ、愛は買えるかもしれない。でも本気で売っている人間なんかいないってことだ。 買えないものに変な希望をもたせないでほしい・・・。 6月にはいり、ようやく上着なしで街を歩くことができるようになった。 サクラが散って街路樹の緑が目に眩しい。この時期いっせいに緑と花が開き、長い冬を帳消しにするかのような目まぐるしさだ。本州では梅雨に入っているがここは無縁、空気が軽い。 一年の中でも特に好きな季節。 隣の和泉に視線をおとしながら春の匂いを吸い込む。 この日なたの匂いは和泉の香りなのかもしれないと考えて頬が熱くなった。 どこでもよかったので最近できたイタリアンの店に決めて席についた。 15:00過ぎの半端な時間にもかかわらず、女性客やカップルで賑わう店内を見回す。 ダークグリーンのクロスがかかったテーブルは白い皿が映えそうだ。パスタはトマトソースにしよう。クロスと白にトマトの色は綺麗だろうから。 「メランザーネかアマトリチャーナがいいな、メニューにあるか?」 メニューを独占している和泉に聞く。 「ナスが食べたいからメランザーネにしよう。そして前菜盛り合わせとフォカッチャ、ボトルにしちゃおうか? グラスでいちいち頼むの面倒だしね、アキ、白でいいよね。」 「いいけど、こんな半端な時間から飲むのか?」 「決まり、えーと。」 店員を探す和泉の指をつつく。テーブルの上に呼び出しボタンがあることを視線で教える。 「なんか・・・ファミレスとか居酒屋みたいだよね、このボタン。ここあんまり美味しくないかも。」 「この時間に開けている店だからな。期待が持てそうな店は大抵この時間は中休みだろうし。だから昼飯食ってから映画にしようって言ったのに、お前があとにするって言うからだよ。」 ボタンを押しながら、そんなこと言うならワインついでやんないぞ、とこちらを睨む。 和泉は睨んだところでまったく迫力がないと俺は思うのだが、和泉は視線が冷たいと言われるらしい。 どこか人をバカにしたような冷めた目をすると。 髪も目も茶色で陽に当たると、白い肌とあいまって近寄りがたい雰囲気になる。 二重の大きな目はたれ目だから、人懐っこい顔の部類なのだが、周囲に壁をつくるような空気をまとっているのだ。 和泉の茶色い瞳を冷たいと思ったことは一度もない。見つめすぎないようにするには、結構意思の力を必要とする。こいつの眼の表情をずっと見続けることができたらと、叶わない願いを持つ自分にうんざりすることもしばしばだ。 「おかげで腹が減りすぎたよ。空腹は最高の調味料だから、どんなもんでも旨いはずだ。」 口のはじだけで笑ってみせる。 「だってさ、休みの日のアサイチの上映時間はかったるい。先に食べたら、なんかもう面倒くさくなりそうだったんだよ。」 和泉は少し照れくさそうに言い訳をした。 和泉はパスタをもごもご食べながら思い出したように話す。 「チャイナドレスとかアオサイを着た女性って素敵にみえるよね、あれってデミのアイディアらしいよ。思うんだけど、恋愛の後悔ってつきあって別れたのよりも、何もしないで終わったケ一スで、もしかしたら、もしかしたらって思うものほど深いのかもね。」 「お前にもそんな後悔があるのか?」 「それは普通に22年も生きているんだからあるかもね~。」 そう言って笑う和泉に苦々しい思いがわきあがる。 俺の想いは後悔と逡巡と諦めと希望のごったまぜ・・・だ。

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