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XVlll
「アキは夜遅いのにごはんまで作ってくれて・・・。おいしかったな。」
そういって微笑んだ和泉は、ものすごく綺麗だった。俺の知っている和泉はいつも綺麗だった。
「俺はあの時、お前の腹を満足させていない女は彼女の資格なんかないと内心怒っていたんだがな。」
和泉ははじかれたように俺を見て、一瞬視線を合わせたあと力なく笑った。
「そうだったんだ、アキ。なんだか可笑しいね。
でも僕はもうそのとき彼女と別れていたんだから、彼女を責めるのはお門違いだよ。」
「俺はいつだってお前を心配していた。気にかけてた。」
「そうだね、だから僕はアキに甘えたんだ。何かが解決するかもしれないと思ってアキの顔をみたけれど、言葉が必要だった。でも僕は何をどう説明していいのかわからなかった。自分にも説明できない状態だったから当たり前だね。
持ってきたDVDは恋愛ものだから、僕はなぜか成就するスト一リ一だと思い込んでいたんだ。僕の好きなトニ一・レオンは映画の中で言葉にだすより雄弁に愛を語っていた。そして僕は怖くなった。
映画の中のトニ一のようにアキが僕を見てくれたらって気がついたからだよ。その意味はもう明確だった。」
「和泉、お前、いず、み?」
俺は熱に浮かされている。体が熱い。
「聞いて、アキ。」
和泉の声は冷たい。
「映画が終わってアキをみたら、アキは僕なんかみていなかった。熱をおびた目を薄く開いて、この部屋にもいなかった。違う誰かを見ているみたいだった。
アキが僕を見てくれなかったら?という可能性に初めて気がついて、怖くてたまらなくなった。
だから逃げるように隣の部屋のベッドにもぐりこんだんだ。
そして決めた、東京に行こう。
逃げ出そう。
そして平穏な時間をとりもどそう。今なら間に合うと思った。まだ僕は引き返せる。
それがとっても正しいことに思えた。
それからはアキが知っているように、いっさい連絡をとらないことに決めた。
ぼくは引き返すために遠くにきたのに、引き戻されるのが嫌だったから。
もとの僕に戻るために自分を再構築しはじめた。札幌のことを思い出さないようつとめた。向こうの同僚と多くの時間を過ごした。
毎日が楽しいと信じた。
変わった僕の気持ちを無かったことにしようとがむしゃらだった。
でもね、レンタル屋でDVDを選んでいても、アキと見た映画ばっかりが目に留まる。
お客さんや同僚に「イズミ」と呼ばれるたびに心が痛む。
アキが作ったほうがうまいな、とパスタを食べるたびに比べる自分が嫌だった。
女の子を抱いてみたけれど、結局思い出すのは熱に浮かされた想像上のアキだったから効果はなかった
無かったことにできなかった。
このままでいれば何も変わらないし、僕の想いは固まっていくばかりだった。
時間を重ねればだんだん薄くなっていくと信じたけど裏切られた。
そのうち毎日乾いている自分をもてあました。
逃げ出したら楽になると思っていたのに、苦しくなるだけだった。」
俺は麻痺している。指先一つでも動かしたら、何もかも変わってしまうと思えた。
話すこともできなかった。
ただ和泉だけを見つめた。
俺の想いを、心の中の鋭く硬い塊を、視線にのせて、和泉を見つめ続けた。
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