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夏のヤキモチは美味しいです。編 6 笑っちゃうくらいに初恋

 バカタレ、だ。  ヒーローには程遠い。 「おにぎり、鮭と梅干しにしたから。こっちが鮭ね」 「うん」 「お茶、と……お味噌汁もあったほうが良かった?」 「ううん」 「おしぼり、これ」 「うん、ありがと」 「あと他に欲しいものは?」 「っぷ、伊都、看病してるみたい」 「いや、むしろ」  看病、でしょ。  君はベッドから出られないし、まだきっと腰のところ、ふわふわしてるでしょ?  ちょっとセーブできなかったバカタレのせいで。 「良いって言ったんだから、良いのに」 「そうはいかないでしょ」  彼氏として失格だよって呟くと、ベッドの中、二つずつお皿に並べたおにぎりをひっくり返してしまわないように気をつけながら、日向が布団の中で膝を抱えて、くすくすって笑った。 「それより、伊都こそ、湯船ちゃんと浸かって、身体の血行循環させないといけなかったのに」 「俺は良いよ。多少手荒にしたって壊れたりしないし」 「えー、やだよ。伊都のこと手荒になんてしないし、壊れたら、やだ」  今度は、ぷぅって頬を膨らませた。  その頬の可愛い赤色に、つい、見惚れる。  今日の夕飯は、日向をお風呂場に連れて行って、綺麗スッキリになってから、湯船に日向だけ浸からせてる間に、ぱぱっと作ったおにぎり二つ。それからレンチンの唐揚げ。ディナーの場所はベッドの上。  というのも、ほら、日向が今ちょっと、ね。 「それに、誘ったの、俺です」  たしかに誘ってくれたのは君。けど、セーブできずに何度もしちゃったのは、俺。日向が仕事で一日立ちっぱなしなのを知ってるのに。 「もう、ホント、反省した」 「えぇ、伊都」 「日向に無理させるとか、ない。ごめん」 「えぇぇ」  君が可愛いのはいつものこと。慣れようよ、俺も。  けど、ヤキモチしてもらって止まらなくなっちゃったんだ。もう、何してんだよ、だよ。 「無理してないってば」  日向はそっと布団をどかして、俺の隣にゆっくり移動した。おにぎりを置いてあるお皿をひっくり返さないようにそっとそっと注意しながら移動して。 「ちっとも無理してないし、それに」 「……」  そっとキスをしてくれた。 「明日、お店休みだもん。全然大丈夫だよ?」  唇にキスをしてくれて、頬にもキスをしてくれて、それから、コテンッて頭を俺の肩に乗っけてる。 「もう一回してもいいくらい、だったりして」 「!」  ふわりと香るお揃いのシャンプーの香り。それから、まだしっとりと芯は濡れていそうな髪の艶やかさとか。  ね、もう一緒に暮らすようになって一年経ってるのに。いまだにドキドキするんだ。一緒に暮らしてないと知らない君の姿を見かける度に。笑っちゃうくらいドキドキしてる。 「ちょっ! 日向!」  一年前と変わらず、じゃないかも、一年前よりもずっと、ずっと。 「日向の前では優しい男でいたいんだってば」 「野獣な伊都も好きなのに」 「ちょっ!」  野獣すぎでしょ。日向がこんなに華奢なのに、あんまり激しくしたら壊れちゃいそうなのに。 「食べられちゃうかと思った」 「日向! 煽らないでってば」 「あははは」  出会った頃より、ずっと、たくさん笑うようになった君が。 「伊都、真っ赤」  出会った頃より、もっと、好き。 「よー! どうだった?」 「あ、平原」 「…………っぷ、あはははは」 「ちょ、何、平原」  朝、出会ってすぐに大笑いされるって、どうなんだ。 「いや、だって」  寝癖でもついてる? 昨日、寝たの遅かったから、朝、少し慌ただしかったんだ。日向はベッドの中で気持ちよさそうに寝てたし。だから朝、髪は適当にしちゃった。ドライヤーとか使って起こしちゃったらイヤだったし。だから、平原が背後から来たことを考えて、後ろに寝癖でもあるのかと、手で頭を撫でた。 「もう顔がスッキリしすぎだから」 「!」 「な、言ったろ?」  そんなに顔に出てた? 「伊都ってさ」 「何?」 「案外、百面相だよな」 「はい?」  まだ平原は突いたらまた大笑いしそうに、その口元に笑いを残しながら、前へ視線を向けた。 「いっつも優しい奴って感じでさ。いつも朗らかじゃん? 真面目で。けどさ」  けど? 「白崎さんのこととなると、怒るし、落ち込むし、楽しそうだし、嬉しそうだし」 「……」  ――ラブラブで。 「なんか、面白いなぁって思っただけ」 「……」 「白崎さんはもっとたくさん知ってるんだろうな」 「!」 「意外な伊都の一面。そんじゃーな」  なんだよ。そんなに面白くないし。確かに今は解決したけど、昨日の今頃は真面目に、本当に悩んでたし。 「あ、それと、後ろんとこ、寝癖ついてる」 「!」 「あはははは、やっぱ面白いわ」  仕方ないじゃん。  だって、好きで好きで、たまらないんだ。  一喜一憂しまくりで、実際のところ、カッコ悪い奴なんだ。 「寝癖、ぁ、ホントだ……」  いつだって好きな子のことで頭はいっぱい。あの子が笑ってくれるなら、なんだってしちゃうし。あの子が泣いたら、何をしてでも笑顔に変えたい。  ――一件落着っしょ。  いつだって。 「あとでプール入るから、いっか……」  君にかっこいいって思われたい、ただの恋する男子なんだ。

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