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好き、ということについて編 8 君がいるから好きになる

「あれー? 伊都くんだー」  大学のラウンジでお昼を食べてたら声をかけられた。  えっと。 「今日って、練習?」  あ、シンクロのサークルの人だ。  シンクロナイズドスイミング。  同じ水を使う競技、プールでたまに顔を合わせてた。平原に名前を教わったんだけど……忘れちゃった。すみません。 「あー……練習もあるけど、もう帰るとこ」 「そうなの?」  そう、朝のうちに泳いで、あとは自習室でレポート課題をやってた。自宅でもできるけど、エアコン代がね、浮かせられるから。なので、一人で、家のことも全部終わってるなら、自習は大学でってしてる。節約しないとね。 「伊都くんが大学いるよって言ったら、私の友達、慌てて来るかも」 「?」 「ふふ、伊都くんかっこいいって言ってたからさ」 「……」 「知らない? ミスに選ばれてた子だよー、去年」 「……」  すみません。知らないかも。なんかミスコンをやってたのは知ってるけど、でも、日向が大学祭に来てくれたから、日向を連れ回すことしか頭になかった。日向が大学来るの楽しみにしてて、ほら、自分は専門学校だったから、ちょっと大学生活というものに憧れてたらしく。もちろんそんな憧れてもらえるほど何かすごいものがあるわけじゃないと思うけど。楽しみにしててくれて、楽しそうにしてくれるから、なんか俺も浮き足だっちゃって。 「伊都くんって、そういうの全然気にしないよねー」 「……」  あ、ほら、また言われた。他の男子と違うよね、みたいなの。 「ふふ」  名前を忘れてしまった彼女がニコッと笑って、持ってきたサンドイッチをパクりと食べた。どうやらここで食べるらしい。いや、別にいいんだけど。 「あ、でも、その子には、付き合ってる子いるからダメだよーって言っておいたよ」 「……ありがとう」 「悪い子じゃないんだけど、モテる自覚ある子だからさぁ」 「……」 「邪魔しちゃうと申し訳ないから」  いや、邪魔、にはならないかな。けど。 「ありがとう」 「どういたしましてーって、もう行くの?」 「あ、うん」  その人がどんなに可愛くても、美人でも、超絶大人気の芸能人でも、やっぱり日向には敵わないんだ。 「今日、大会の応援行くんだ」 「水泳?」 「そう」 「伊都くん出る、んじゃないんだ。応援って」 「あー……うん」  あの時は、日向という人に出会うなんて思いもしなかった。想像もしてなかったし、考えたこともなかった。俺のことを好きだと言ってくれた子がいやだったとか、じゃない。気遣ってくれる優しい子だと思ったし、その時一緒にいた玲緒ともすごく仲良しだったから、変な子でも、悪い子でもないと思う。玲緒はそういう子を紹介したりなんてしないから。きっと、すごく良い人だったから俺に会わせてくれたんだと思う。俺みたいなのでも仲良くなれそうな素敵な子だったんだと、その当時も思ったけれど。それでも、あの時、素直に自然に、口から出た言葉があった。  ――あの……すみません。ごめんなさい。  そう、付き合ってみませんかと言ってくれた女の子に言って、頭を下げた。そして。  ――ちゃんと好きな子と付き合いたいので。  そう言って、まだ見たことも考えたこともない、いつか出会う初恋の人のことを想ってた。 「俺のヒーローが出る大会なんだ。だから家族で応援しないと」 「……家族で、ヒーローを」 「うん。それじゃあ」 「……」  ずっと不思議だった。  好きな子がいないこと。  どうして他のみんなは当たり前のようにいる好きな子が自分にはいないんだろうって。  どうして見つからないのだろう。  どうやって見つけるのだろう。  どこかにいるのだろうか。  でも、嫌なんだ。  その子と笑い合いたいんだ。  父さんと睦月のように。  その子のために頑張りたいんだ。  父さんや睦月みたいに。  だからいつも不思議に思いながらも、無理に探したりしなかった。いつか見つかるだろうって思ってた。どうしてそう思てたのかも、不思議だった。 「おーい! 伊都ー!」 「!」  どうしていつか出会えるって思ってたんだろうね。 「日向!」 「応援グッズ!」 「っぷ、あは、メガホン?」 「いいでしょ?」  三人分のメガホンにシールで応援メッセージを貼り付けてくれてる専用応援グッズを、日向が作ってくれた。 「応援頑張ろう!」 「うん。日向、ありがとう」 「ふふっ」  ―― 女の子がいた、とか?  父さんにそう聞かれたっけ。  ―― 知らない子がいたって、友達になればいいじゃん。  えー、いいよ。友達ならたくさんいるし。玲緒がいるし。クラスにだって友達ならたくさん。その友達でいいならいいけどさ。  特別な子はイヤなんだ。そうじゃないならいいけどさ、きっとそうじゃない、じゃないでしょ? 特別な子はきっとどこか別の場所にいるから。 「伊都! お父さんいたよ!」 「え?」 「ほらほら、いた、おとおおおおおさああああん!」 「!」  空高く、夏空に響いたのは。 「っぷ、あははは、日向声でか」 「えへ、伊都の真似」  君の優しい声だった。 「行こう! ほらほら」  俺の大好きな子の元気な声に。 「伊都おおおお!」  夏の青空が映えて、とても綺麗で。 「日向、応援頑張ろう」 「! うんっ!」  夏が好きになる。

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