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第26話
部屋に入ってまず目に付いたのは、1人部屋にしては少し大きめのテレビ。その横には学習机、その反対側には本棚付きのベッド。2段ベッドのちょうど1段目が本棚になったような作りで、その中には流行りの漫画が所狭しと並べられている。相変わらず彼の異常性は、目に見えるものでは判断できないらしい。
「早く上がって」
そう言う隼斗の視線の先は当然のようにベッドの上。小さな梯子が必要な高さにあるそこは、転落防止用の木の板に囲まれている。上がってしまえば、逃げられないとでも言いたげに。
「ほら早く」
背後から聞こえる声に押されるように、無意識に足が一歩前へと進んだ。そして一度進んでしまえば、もう上りきるのに躊躇いはない。
俺が拒めば、隼斗は必ずカズを呼ぶ。どうせそうなってもヤられるのだから、大人しくいうことを聞いて被害を最小限にした方がマシだ。
「そう、いい子。じゃあ寝転んで?」
このベッドが、もっと脆ければいいのに。
この部屋の天井が、もっと低ければいいのに。
そう願っても家具も壁も動いてはくれない。
俺が寝転んだと同時に、ベッドがわずかに揺れ始める。それは寝転んだ振動ではなく、隼斗の体重がかかったことで起こった揺れ。
少しでも顔を見る時間を減らそうと見上げ続けた天井は、すぐに彼の存在に覆い隠される。
「うん、いい眺め」
そう上機嫌に言う隼斗とは反対に、気持ちが焦りを訴え始める。逃げないでいてやる、じゃない。完全に上を取られたこの体勢では、逃げることができない。
「亜紀ちゃんはどう?寝心地は」
「……最っ悪」
その似て非なる事実が、息を詰まらせていく。余裕がないと見透かされないよう睨んで答えれば、「そんなはずないでしょう?」とばかりに身体の上を指が滑った。
「直に、亜紀ちゃんもこの部屋に入り浸るようになるよ」
彼はまるで糸みたいに、行動、言葉、声。全てで人の意思を制限していく。
「和佐に縛られちゃって可哀想。それとも亜紀ちゃんは、それすらも幸せに感じるのかな」
その言葉にカズがここに寝転ぶ姿を想像してしまって、思考の着地点がブレた。
それは1種の、現実逃避にも近かった。
今自分の目に映っている景色は、カズの目に映ったかもしれないもの。
真っ白な天井も、目に優しい白熱灯も、黙っていれば綺麗な隼斗の顔も。
「和佐」
その大切な3文字とともに、隼斗の指が頬をなぞる。
俺が、カズの代わりなのか。
カズが、俺の代わりなのか。
……それすら分からなくなって。
その代わりに、まるでカズと一体化したような、そんな感覚に酔っていた。
「隼、斗……」
カズは、隼斗が、好き。
紛れもない、確認したくもない事実だけを思い出しながら発した名前は、思った以上に甘く響いた。
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