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第25話
「何、言って……」
「亜紀ちゃんの予想は当たってたってことだよ。僕の親は仕事人間でね、休日もほとんど家には帰ってこない」
ははっ、といつもの嘲笑するような独特な笑い方をされ、完全に騙されていたのだと気付く。
だったら帰る、と鍵に向かって伸ばした手は、勢いよく伸びてきた隼斗の手に阻まれた。
「靴は……まぁ晴れてるしいいか」
何かをぶつぶつ言ったかと思えば、手を掴まれたまま位置関係が変わる。
つまりは俺が玄関の扉に近付いて、より逃げやすくなった。しかし手首をぐるりと囲む手が、そんなに単純な話ではないと教える。
さすが運動部と言うべきか、その力は強い。振り解こうと必死になっていれば、ぐっと引き寄せられてたたらを踏んだ。靴からはコツ、とさっきとは違う音がして、玄関より中に入ってしまったのだと分かる。
「逃がさないよ」
バランスを崩したまま隼斗の胸にぶつかって、掴まれたのと反対側の手に背中を押さえられた。そのまま耳元でそう囁かれれば、ゾワリと鳥肌が立つ。
「さ、僕の部屋に行こうか。この前は学校だったから満足できなかったしね」
隼斗が立って一歩進めば、右手に痛みが走る。それでも、どんなに痛くても、ここから動くよりはマシなはずだ。
「そんなに玄関でやりたいの?僕はいいけど?亜紀ちゃんが誰かに見られてもいいなら」
「……は?親に見られて困るのはお前だろ」
「親とは限らないよ。和佐を呼んじゃうかも」
そう思っていたのに、俺が動かない理由を屈折して解釈した隼斗は、更に恐ろしいことを言い出す。スマホを振りながら笑う彼に、本気なのだろうと思った。
そんな会話をしながらも、手の力は緩まない。
「さすがに階段は危ないから、自分で歩いてほしいんだけど……しょうがないなぁ、あと10秒だけ待ってあげる」
ろくな選択肢すら与えられず始まる秒読み。
今俺に与えられているのはきっと、隼斗の部屋でヤられるか、ここでヤられるかの二択なんだろう。
それをやめさせる為に来たのに、どうしてこんな状況になってるんだ。
「はーち」
それは偏に俺の読みの甘さのせい、そんなことは分かっている。もう2度と、彼の外面も言葉も信じないと心に決めた。
「ろーく」
でも、まずはこの状況を打開しなければ。そう思うのに、気持ちばかりが焦って策が浮かばない。何も解決してないのだから、逃げるわけにもいかない。
「よーん」
そうしている間にも数字はゼロに近付いていく。逃げる、説得する、という他の選択肢が消えたとすれば、その他の2択は考えるまでもない。たとえそれが間違った選択だとしても、カズを悲しませないのなら何でもいい。
一歩踏み出して階段を上れば、「亜紀ちゃんにしては遅かったね」と笑われた。
意を決して入った絶対に来るつもりのなかったその部屋は、案外普通の高校生のものだった。
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