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第1話〜ただ1人の為に〜
「アキくん……」
呼ばれた自分の名前には、確かに甘さが含まれていて。彼の思いとは反対に、自分の気持ちが急降下していくのが分かった。
「……お前、俺のこと好きになっちゃった?」
そう聞けば、彼はビクっと肩を震わせる。
バレたことに対する羞恥心からではない。その表情が示すのは怯えだけ。
「嫌っ、嫌だ……聞きたくない!」
俺が発する次の言葉を知っている彼は、両手で耳を塞ぎ言わないでと懇願する。
もうその仕草に、可愛いと思う感情は無くなっていた。
彼の両手を耳から離し、その両手を自分の手で包みながら、自分でも最低だと分かっているその言葉を伝える。
「ごめんね、お前は初めから代わりだから」
甘い声でそう言えば、みるみるうちに彼の目に涙が溜まっていく。
まるで俺だけが悪いと言うような仕草にイライラした。最初からそういう約束で、数ある噂がそれが本当だと実証してきただろうに。
好きになった瞬間に、笹原亜紀は相手を捨てる。
それは男も女も、どれほど美しい容姿の持ち主だとしても同じ。
そんな噂が各所では流れていて、実際それは本当の話だった。
俺の好きな人は絶対に俺を好きにはならない。
でも俺は、生涯その人しか愛せない。
最初は本当に身代わりを恋人にして、幸せな生活を送ってやるつもりだった。でも相手が自分に夢中になるほど、その相手が「身代わり」に過ぎないのだという意識は大きくなっていって。
「だからもうお終い。お前とは身体だけの関係だって、最初に言っただろ?」
「っ、嫌だ、僕は本気でアキくんのことを……」
その先を言いかけた彼の口を口で塞ぐ。その先は、ある1人の口からだけ聞きたいし、そうでないなら一生聞きたくもない。
「……ア、キくん」
「何を言われても、何をされても、俺がお前のことを愛する未来は来ないから」
そう言った俺の目は、きっとすごく冷たかったんだろう。その証拠に、もう目の前の彼が言葉を発することは無かった。すすり泣く音だけが、放課後の教室に響き渡る。
俺はそれを無視して、きっと彼がまだ居るであろう自分の教室に戻った。
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