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  送辞が終わると、退出まであと少しだ。 無事、卒業式を迎えた秀人は、はあと息を吐き出した。 式の後は卒業証書を親に預けて、クラスが違う敦也と合流する予定だ。今日で敦也と逢うのは最後になるだろう。 だが、心はまだ決まらない。 「………………」 手のひらを握り込んで、秀人は目を伏せた。 イギリスへの留学が早まったのだ。卒業して直ぐ発つことになるとは思わなかった。二年の研修を得て発つのだと思っていたからだ。 四年後、大学を卒業したらと言う約束は守れそうにもない。イギリスにいったら、もう日本には戻って来ないだろう。 そう考えて、秀人はふいに目を見開いた。 「………別れたくない」 どこまで貪欲なんだろう。 敦也に大学を辞めて、イギリスに来いと言えないのも事実だ。敦也とて、将来の夢がある。まさか敦也が見た夢が兆しだったとはあまり考えたくない。 兎に角、敦也と話し合うべきことだと重たい腰を持ち上げた。 「卒業生、退場」 号令にあわせて他の卒業生も立ち上がる。 「起立」 流れるように講堂の扉に向かう黒い背中を眺めて、溜め息が漏れた。 晴れ舞台だが、心情は葬式だった。 「秀人、ちょっと」 聞き覚えのある声に背中を叩かれて、秀人は振り返った。 敦也の姿がソコにあり、秀人は目を見張る。どうしてと言う言葉のかわりに、敦也は秀人の手を握った。 「話がある」 手短に発する声が硬い。心臓が不自然に早鐘を打ち始めた。 口を開いたのはとなりにいた真だった。 「担任には上手く言っておく。行ってこい」 秀人の事情を知っているのかのように、真は秀人の背中を押した。 「最後くらい我が儘を言ったってバチは当たらないさ。だから、後悔だけはするな」 秀人は敦也から真に視線を移す。真の顔に浮かんだ感情は見てはいけないモノのようで、秀人は直ぐさま視線を外した。 真がそう思ってやってくれたことだと、彼の意志を汲む。 拳を握り締める真に、敦也は少し肩を落としながら口を開いた。 「………助かる、真がいつもそうやって秀人の背中を押してくれるから。今度、ちゃんとこの礼をするから」 秀人は目を見開いた。耳の奥で、荘厳な声が甦る。 《ああ、悪い。忘れ物をした。ココでしばらく待っててくれないか?》 緞帳の前でそう言ってきた真の言葉。 ソレが、彼の真性ならば。 時折、力強く押されるアレは彼の最善の優しさなのだろう。敦也のとなりは秀人のモノであるのと同じくらいに。 「………ゴメン、大野」 真がふいに、視線を走らせた。半瞬遅れて敦也が腕を引いた。次の瞬間、秀人は敦也の背中だけを追っていた。 今更知ってもどうしようもない。今更知ったとしてもどうしようもない。 今は敦也との今後の未来をどうするのかを決める方が、大事だ。 「………敦也、俺………」 「イギリスに発つのはいつ?」 敦也は足を止めて振り返る。秀人の顔が強張っているのは、敦也の深意が読めないからだ。 「………明日の、早朝……」 「そう、解った」 踵を返して、再び歩き始める敦也に、秀人は訝しげに眉根を寄せた。 「ソ、レだけか?」 「そうだけど、何?オレが行くなって言っても秀人は行くでしょう?」 オレがついていくって言ってもダメだって言うじゃん! 「だったら、することは一つでしょう?」 別れ話を切り出されるのかとひやひやしている秀人を余所に、敦也は続ける。 「明日からバイトしてお金貯めて夏期休暇に逢いに行くから、ソレまで我慢して」 「我慢って?」 「セックス」 毎日国際電話するし、手紙も書くけど、そう言うの電話や手紙じゃできないでしょう? 「たくさん、オレのって言う印つけてあげるから、他のヤツに目を向けないでよ?」 自慰するなら、テレビ電話でやってるところ見せて。オレも一緒にしてあげるから。 敦也はとんでもないことを請求してくるが、絶対に別れようとは言わなかった。 「………解った」 秀人は真っ赤になった頬を手でおさえて、敦也の要望一つ一つに頷く。 「じゃ、キスしたくなったら、どうすればイイんだ?」 「ん?そんなの簡単じゃん。電話口で、今すぐ逢いにきてって言えばイイだけじゃん♪」 オレは今からでも秀人と一緒にイギリスに向かっても問題ないから。 大学は向こうでもあるでしょう?と、物凄く容易に考えて決めてしまう。 そんな敦也だから、愛して止まないんだと思った。   終り

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