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第1話
どす黒い雲が空を覆っていく。そしてそれはやがて、ポタリ、ポタリと雫を落としアスファルトを濡らす。
「千裕(チヒロ)!また生徒会サボりやがって、俺が会長に怒られただろうが!」
「そうだよ、お兄ちゃん。私だって怒られたんだからね?なんで康くんを困らせる事ばかりするの?」
今年、この高校に入ってきた一つ年下の妹と、同い年の幼馴染。
「……傘、貸して。持ってきてない」
「はぁ?今は、んな事どうでも良いだろ?大体、予備の傘なんて持ってねぇよ」
「真裕(マユ)は?」
「え?私?も。折り畳み一本しかないけど……」
カバンから取り出された傘は、ピンク地に小花が散っている。
「俺、これでいい」
「ちょっと、お兄ちゃん!」
「お前らは付き合ってるんだから、同じ傘に入ればいいだろ?」
一年前。この二人は付き合いだした。二人から報告された時、何の感情も抱かなかった。
「そう言う問題じゃないだろ?」
「そうだよ、お兄ちゃん」
いつからお互いがお互いを思うようになっていたかは知らない。妹とは小さい頃は双子の様にそっくりだった。服を交換しても分からないほどに。
「おい!千裕!勝手に帰んな!」
年を重ねる毎に、妹は女らしく成長し、明らかに個体差が出ているが、雰囲気は今も相当似ている。
「……」
ばさりと音を立てて広がった折り畳み傘は、思ったよりも小さい。
「……結構、降ってんな……」
夏の雨は嫌いだ。湿度が高くて、嫌でも湿気が体にまとわりつく。
「今日は珍しくチヒロくんから声かけてきたのに。随分と機嫌が悪いね。気持ち良くない?」
「別に……」
テレビとベッド。そして備え付けられたミニ冷蔵庫。それ以外には風呂とトイレがあるだけ。散乱した制服と下着。テレビにかぶさったスーツ。
「気分が乗らないなら、美味しい物でも食べに行く?」
「いい……今日はヤりに来たから」
中途半端に伸ばした髪を耳にかけて、男のペニスを口に含む。それは徐々に大きくって雄臭さを増す。
「ん、気持ちいいよ……」
口内でピクピクと跳ねる男性器を、舌と唾液で愛撫しゆっくりと吸い上げる。パンパンに増したそれを口の中から離した男は、小さく息を吐き口づける。絡まり合う舌と体を伝う指。
「キミは勿体無いね。こんなに整った顔をしてるのに、つまらなそうな顔をして。どうしたら、君を興奮させられるんだろうね」
「んっ……」
胸元へ落ちる舌先に何も感じない訳ではない。
「まあ、いっか。淡白なキミを、いつか僕の手で落とすのを想像すると。結構、興奮するからね……っ」
「はっ、ゔっ……」
熱い塊が尻の中に入ってくる。それは体内でぐちゃぐちゃと音を立て、微かに登る波を逃さない様に自らペニスを扱く。
「じゃ、これ。今日の分」
目の前に差し出された一万円札。それを制服のポケットにしまう。
「チヒロくん。今度、遠出しよっか?」
「……考えとく」
「そ?じゃあ、また連絡するよ」
日が落ちて真っ暗な道は、シャワーを浴びた肌に汗を戻す。無駄に明るい駅のホーム。くたびれたサラリーマンに煩い女子高生。冷房の効き過ぎた車内と切れかけた街頭に集まる虫。
「ただいま……」
人感センサーで照らされた玄関。その奥から聞こえる、妹と母親の笑い声。
「ああ、おかえりなさい。夕飯食べるでしょ?」
「うん」
「あ、ねぇ~。千裕。来月の誕生日プレゼント決めた?急に言われても用意できないから、早めに真裕に言ってちょうだいね~」
「別に、何もいらない……」
「お兄ちゃん。折角みんなでお祝いしようって言ってるのに。どうして、話の腰を折るようなことばかり言うの?」
「頼んでない」
「あのねぇ~!」
欲しい物は、ない。
「だったら、適当に参考書でも買って来いよ」
「あら、それいいわね」
母親の手には食事を乗せたお盆。テーブルに置かれたご飯茶碗と味噌汁。大きな皿には千切りキャベツとハンバーグ。それを茶わんの上に乗せる。
「ちょっと、お兄ちゃん。なにしてんの?」
「こういう丼ぶりあっただろ?」
「あら~。ロコモコ風ね~」
「だからって、そんな、ぐちゃぐちゃにして食べないから!」
見た目なんてどうでもいい。バラバラに食べたって、一緒に食べたって。胃に入ってしまえば同じ。ただ、消化されて栄養になるだけ。順序だてて食べる事になんの意味があるんだろう。どうしてそんなくだらない事にこだわるのだろう。
「……うるさい……」
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