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第11話

【 走るタクシーの中  (鬼束視点)】   相良さんの屋台を後にした倫太朗とオレは、   酔って1人じゃまともに歩けやしない   倫太朗を送り届ける為、タクシーで**にある   倫太朗のマンションへ向かっていた。   倫太朗はオレの肩にもたれて、   気持ち良さそうに眠っている。   今夜、こいつのプライベートな顔も見られて   オレはそこそこ上機嫌。   せっかくの週末まで、   いつものように残業していた倫太朗を飲みに誘った   理由(わけ)は ―― まぁ、その……惚れてる   相手になら誰でも抱くであろう、下心からで。   こいつがこんなに酔っていなきゃ、   さっさと自宅マンションへ持ち帰り   極上デザートを戴こうと思っていた。   しかしだ。   今、オレの傍らで眠る倫はあまりにも無防備すぎて   たとえこのまま何処かへしけ込めたとしても、   とてもじゃないが襲う気にはなれん。   大体、これじゃあ8年前と全く同じ間違いを   犯しかねないじゃねぇか。   ―― 8年前、倫太朗は星蘭大医学部に入学した   ばかりの18才。   奇しくも、倫太朗が医学生として初めて受ける   初実習の日が。   厚生労働省へ転職の為、退職するオレの大学病院   勤務最後の日だった。   定時終業後、顔見知りのスタッフ総出で   オレの送別会を開いてくれる事になり。   総勢・30名で夜の繁華街へと繰り出した。   ほとんど同じメンバーで2次会から3次会と流れ、   所帯持ちと実家暮らしのメンバーが帰った後、   4次会のショットバーへ行った辺りから   オレの記憶はフィルターがかかったみたいに   曖昧になっていた。   盛り上がり過ぎ ――   (恐らく、翌日から連休だという事で皆かなり    ハメを外していた)   電車もバスも、とうに最終が出てしまった後で。   頼りのタクシーでさえ、今は季節柄、   新年会シーズン真っ只中で、   空車は1台も捕まらなかった。   結局、オレと幹事役の部下、それに、   倫太朗を含む帰りそびれ組6~7人は   ビジネスホテルへ泊まる事になった。   しかーし、ホテルへチェックインする段になっても   したたかに酔った倫太朗はオレに縋り付いて   梃子(テコ)でも離れようとしなかった。   で、仕方なくこいつはオレが引き受ける事に。   それにしても、酒の勢いというのは恐ろしい……。   同僚達に悪ふざけで飲まされ、   いつもの倫太朗からは想像も出来ない位、   なんっつーか、その……あけっぴろげになっていて   ツインの客室へ入るなり、あいつは、   オレをベッドへ押し倒した。 「ぎゃっ! てめっ、何すんだよ?!」 「センセ、ホントにあさって、アメリカに行っちゃうん  ですか??」   酔って潤んだ倫太朗の瞳は、18才男子のものとは   思えない位、めっちゃ色っぽい。 「アメリカではなく、霞が関だが ――」   怯むなっ! 柊二、男だろ?!   自分自身を叱咤しながら、   倫太朗へ優しく話しかける。 「なぁ、桐沢 --」 「そんなよそよそしい、  他人行儀な呼び方は止めてっ!」 「あぁっ??」    他人行儀な、って、オレら他人だし……。 「なぁ、とりあえず、オレの上からどけ」 「嫌です」    即答かよ。 「嫌って、お前 --」   オレの言葉を遮るよう、ぶっちゅーうって、   擬音まで聞こえてきそうな、   倫太朗からの情熱的口付け。   オレは慌ててこいつを押し返した。 「なんでダメなんっ?? 男だからですか?」   そう、真剣な眼差しで訴える倫太朗。 「なんでって……」    一瞬、頭へ過ぎる、新聞の大見出し記事。    ”厚生労働省職員、星蘭大医学部の1年生男子を     ホテルへ連れ込みワイセツ行為” 「お前だって分かるだろ? オレの立場じゃこんな事  したら ――」 「バレなきゃ、大丈夫です」 「はいっ??」 「それに合意の上なら淫行にはなりません」   そう行って、倫太朗は再び唇を重ねてきた。   今度は生意気にも、   オレが容易く抵抗出来ないように   前もってオレの腕を押さえ込みやがった。     その上、うっかり開けちまった唇の隙間から   自分の舌を……。 「んっ ――――!!」   こ、こいつ……めっちゃ、上手い。   ねっとり絡みついてくる舌の感触が、   何とも心地よい。   気が付けばオレは、   倫太朗の後頭部に手をあてがってその口付けを   より深いものにしていた。   そうしてると哀しいかな……男の条件反射って   やつで。   オレのジュニアがムクムクとその本性を現し、   早くこの窮屈な所から出せ!と   自己主張をし始める。 「マジ、や、べぇ……倫? これ以上は、も、勘弁  ――っっ、アホっ! 何処触っとんのや?!」 「凄……ね、もう、こんなになってるのに、  我慢なんか出来るの?」   そう、面と向かって言われると   何とも言えない……。   でも、オレは卑怯だ。   僅かに残った理性で抵抗を試みながらも、   依然オレの上に跨ったままの倫太朗が   自ら上半身の着衣を脱いで裸になるのを   止められなかった。       その、滑らかな若々しい艶肌にグッと目が   惹きつけられた。 「もし、この期に及んでセンセが尻ごみするなら、  あなたから無理矢理犯されそうになったって、  廊下へ出て大騒ぎします」   これが、決定打となった。 「やれやれ……オレも、えらい小僧に  捕まっちまったもんだな」   倫太朗の体を抱き締めるようにして   互いの体位をクルっと反転させた。 「おっぱじめたら、ただの触りっこじゃ終わらせねぇぞ  止めとくなら今のうちだ」   倫太朗は返事の代わりか?    オレの肩口へスッと腕を回してきた。  ***  ***   昔の感慨に浸っているうち、   タクシーは倫太朗のマンションの近くに   やって来ていた。 「お、そろそろだな ―― おい、倫 ―― 桐沢……  桐沢、起きろ。じき着くぞ」 「ん -- んン、ん……あ、どーも、お世話様です。  けどセンセ? 俺の住所なんて良くご存知でしたね」 「何言ってんの。この間も送って来ただろ」 「あ、そう言えばぁ……」   ”ふん、ふん”と、頷いたお前は今の状況を   一体どれ位正しく理解しているのか?   おい、そんなめっちゃ潤んだ色っぽい目で   見返されたら、大抵の男はバカな勘違いを   するもんなんだぞ。 【 2人のセカンドキス 】   マンションの表に停まったタクシーから   オレと倫太朗は降り立った。 「―― あの、今日はホントにごちそうさまでした。  今度は俺が奢りますから楽しみにしてて下さいね」 「おう。じゃ、ちゃんと戸締りしてから休めよ」 「はい。では、お休みなさい」   と、踵は返したが歩き出す前に、   よろけて転びそうになったので   慌ててその体を支えた。 「オイオイ、大丈夫かよ……」 「あ、あれぇ、車の中で休んだから  ちょっとは平気かと思ったんですけどねぇ……」   何て言いつつ、   完全にオレへその身を委ねてくる。 「部屋は3階だったよな? 階段は上がれそうか?」 「さぁ、どうでしょう……」   こりゃ、こいつ1人で合コンになんか行ったら、   酔い潰されて狼どもの格好の餌食だな。   オレは倫太朗を姫抱っこにした。 「あの、センセ、恥ずかしいです」 「しっかり掴まってろ、滑り落ちるぞ」   そう言われ、   倫太朗がオレの肩口へ腕を回し掴まってきたので、   互いの顔がより近くなった。 「あ、あの、重いですよね。すみません……」   恐縮しきりの倫太朗を横抱きで、   部屋の戸口まで運んだ。 「中へ入って、ちゃんと戸締りするまでここにいて  やる」 「はい」   オレの言う通り倫太朗はドアを開けて、   戸口へ一歩踏み入ったが、 「あ、あの……上がって、お茶でもいかがですか?」 「あのな……お前のそれは無自覚なだけか?   それとも単なるアホか? どっちだ」 「は?」 「こんな状態で2人きりになったら、どうなると思う?  たとえ男でもな、正直言って今のオレは放し飼いの  猛獣と同じだ。一旦、枷が外れちまえば抑えは  利かん」 「センセ……」 「とりあえず今日は、お前の運び賃だけもらって  おくよ」 「あっ ――」   オレは倫太朗の柔らかい唇へそっと口付けた。   最初は軽く重ね、   お休みのキス程度に留めるつもりだったが。   やっぱり倫太朗との口付けは心地良くて。    気が付けばオレは、倫太朗の背中を壁へ押し付ける   ようにして、彼の顔を両手でしっかり支えながら   何度も角度を変えつつ、濃厚な口付けを堪能する。   やべぇ……マジ、やばい。   このままじゃ、確実にあの時の二の前だ。   多分に未練タラタラで倫太朗から唇を離した。   恥ずかし気に俯いた倫太朗がまた可愛い過ぎて、   いっそこのままひと思いに ――    なんて、不埒な考えが心に過ぎる。   それでも何とか必死に自制心を総動員させ、 「次、お前の奢り楽しみにしてっからな」   そう言い残して階段を駆け下り、   足早に立ち去った。   呆然自失状態で立ち尽くす倫太朗は、   さっきまで鬼束に塞がれていた唇を   指でそっと触れ、    ”俺、何やおかしい。鬼束さんとあんな事……     キス、したんは初めてのはずやのに、     そんな気ぃちっともせえへん……”

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