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第40話

  柊二は倫太朗にとって正に理想の塊。   年上で・優しくて・包容力があって・仕事も出来て・   自分に絶対的な自信を持っている。   プッ プッ プッ プッ ―――― と、   サイドボードの柊二のスマホが鳴る。 「柊二……?」   柊二はスマホをとり液晶画面を見てマナーモードに   切り替え再び置いた。 「出てもいいよ?」 「いい。気にするな」   そう言って倫太朗を自分の方に向け腕枕をした。   欲しいと思っていた倫太朗の心。   それが自分に向きつつある。   何があっても手放すもんかっ。 「……まだ信じられん」 「―― え?」 「いいや、何でもない」   そう言って倫太朗を胸に抱きよせ目を瞑った。   しばらくすると心地良い睡魔が襲ってきて、   スゥ……と寝息をたて始める。   すると再び携帯がブブブブ……とバイブした。   倫太朗は上体を起こし、なにげに表示を見る。    [仁科 香 携帯 ≫≫]   倫太朗の目が寂しそうに曇る。   四十路を目前に控え未だ独身の柊二の元へは   あいも変わらず”縁談”やら”見合い話”が   引きも切らない……。   そんなお歴々への軽い牽制のつもりで、   まずは手始めに桐沢家へ挨拶に出向き、   職場の主だった面々にも自分達の交際を   カムアウトしたのだが。   今の所、その効果はまるでないと言ってよかった。   今度のお相手・仁科香嬢は、   旧華族”嵯峨家”の末裔で生粋のお嬢様。   この秋、星蘭大政経学部大学院の**教授ゼミから   大学の附属病院を経て、この秀英会病院へ異動して   きた。   ”男同士の恋愛に将来を夢見てはダメ”   そんな事、最初から分かっていたのに      こうして辛い現実に直面すると、流石に凹む。   幸せな気分から一気に転落する。   ベッドから起き上がり眠っている柊二を見た。   その髪にそっと触れる。    (この髪の毛一本でさえも     俺には独占出来ないの……?)   倫太朗はそのままバスルームへ向かい   冷たいシャワーで熱くなりすぎた体の熱を冷ます。   いくら好きでも熱くなりすぎてはだめだ。   自分の気持ちもこうして簡単に冷ますことが   できたなら……。   まさか本当に付き合えるなんて夢にも思って   いなかったから、   素直にこの状況を楽しめばいいのに……   不安になっている自分が、ココにいる。       シャワーの後、キッチンで軽食を作りながら   心の中でゴチる倫太朗 ――。   ”なぁんか最近の俺達って、    ヤる為だけに会ってるみたい……” 「―― ってゆうか、今日は悪かったね。  久しぶりに会ったんだし、  何処か行けば良かったんだろうけど」 「そりゃ無理だろ。会った時の倫、行き倒れ寸前の顔  してたし」 「で、でもさ~……」 「あぁ、そうだ! じゃあ、来週の日曜日空いてるか?   行きたかった展示会が最終日なんだ」 「あ、ごめ ―― その日はダメだわ。萩乃屋に  大事なお客様お招きしてるから、  婆ちゃんに同席しなさいって言われてるんだ」 「そっか……」 「ホントに、ごめん……」   付き合い始めて早や2年……   いつもこんな調子で、   デートらしいデートなんか出来た試しがない。   流石に悪いとは思うけど、柊二はいっつも ――   『用事なら仕方がないな ――     じゃ、また今度』 って。   ……なぁ、   どうしてそんなにあっさり諦められる訳?     ”じゃ、また今度”って、これで何回目だ?!   いや、まぁ、原因は全部自分なんだけどさ。   一応、恋人なんだしぃ、普通 ――   ”え~っ、どうして~?” とか    ” いつも仕事ばっかりぃ”とか         文句のふたつやみっつ、   あってもいいんじゃないんかぁ??   柊二は、何故かそういう不平不満の類は   一切言わない。   流石に大人! っつーか、   あまりにも物分りが良すぎるから、   ついつい頭を過ぎってしまうのは、   ひょっとして柊二 ―― 俺のカラダだけが目的?   デートもしない、趣味だって合う訳じゃない、   でもヤる事はヤるって   好きじゃなくても、出来るよなぁ……。   ……柊二は半端なくモテる。   ただでさえ、この外見なのに、   物腰柔らかで誰にでも優しいってくりゃあ、   こんなキラキラした王子様を女が放っておく   わけがない。   そういう男がなんで自分を選んだのか?   知りたい。   あまりにも自分と釣り合っていない気がして。   その上、年の差だとか、男、同士だとか、   考え過ぎなのかなぁ。        いや、でも、自分の少ない経験上からしても ――    コレって、絶対、遊ばれてる? としか……。    最初は、彼の誕生日とか血液型が分かっただけで   嬉しかったのに。   ちゃんと話しが出来て”ラッキー”って思ってたら、   次は触ってみたくなって……触って、キスしただけで、   夢かと思ってたのに。   初めてのちゃんとしたデートで、   いきなりのベッドイン。   今じゃ、鬼束柊二を全部独り占めにしたくて……   理想の塊が目の前にいたら、そりゃあ……   何の文句も言わない、理想の彼氏。   ……だから、余計不安になる。       裏を返せば   ”単に俺の事、好きじゃないんじゃないの?”   つぅーか、俺も柊二にはっきり聞けばいいだけ   なんだろうけど、   それで別れるハメになったら、どーすりゃいいんだ、   絶対立ち直れないじゃん。   全部が初めて過ぎて、   どうすればいいのか分からない。      マジ……普通の恋愛って、   どうすればいいんだっけ?

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