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第1話「桜の木」

『バカな俺を最後まで見捨てなかったのはアンタだけだった――……』  桜舞う四月、俺――蝦夷森飛鳥(えぞもりあすか)――はなんとか三年に上がれた。はっきり言って、内申点も勉強も下の下。よくこれで進級出来たものだと自分でも驚いている。慣れ親しんだクラスメイト達と別々のクラスになるのは少々寂しいものがあるが仕方がない。俺は、新たな教室に足を踏み入れるのだった。  ちらほらと見知った顔もあれば、知らない顔も多い。また一から人間関係を築き上げて行くのか、と思うと正直気が滅入った。 自分の席に着き、始業式が始まるまで寝て時間を潰そう――そんなことを考えていると、もうチャイムが鳴り体育館に移動することになった。  ぞろぞろと体育館に向かっていると、渡り廊下から大きな桜の木が見えた。この学校で一番大きいその桜の木は、学生たちの写真映えスポットとなっている。今日も、教室に入る前に何人かの女子生徒が集まってスマホで撮影をしているのを見かけた。 さわさわと揺れる桜の木は、いくつもの花弁を舞い上げて散っていく。その幻想的な姿はいつ見ても、見惚れてしまう。足を止めかけた俺の後ろの生徒が、小さく舌打ちした。イラッと来たが、気にせず歩を進める。 体育館に入り、それぞれの学年・クラスごとに並ぶように指示され、皆それに従う。暫くして、始業式が始まった。  長ったらしい校長の話が続き、周りの生徒もダレてきたのか小声で話し出す。それを横目に俺は欠伸を噛み殺した。校長の話が終わると、各クラス担任の発表があった。こちらは校長の話と違い、淡々と進んでいく。三年二組――俺のクラスだ――の番になり、担任は誰だろうと様子を伺った。他校から来た先生の様で、見た事のない顔だった。整った顔立ちで、背も高く、ビシッと着こなしているスーツがよく似合っている。整髪料で前髪を後ろに撫でつけていて、清潔感があり女子生徒は色めき立っていた。 その担任がマイクの前に立ち、ゆっくりと口を開いた。 「三年二組担任になりました。秋風躑躅(あきかぜつつじ)です。今年赴任してきました。よろしくお願します」  どことなく懐かしさを感じるその声に、俺は何となく耳を傾けていた。

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