夏休みの間に自分の興味のあることは何かと考えてみて花が好きなことに気付いた。そのことを秋風に話すとこんな提案をしてくれた。 「植物園の職員を目指してみるのはどうだ？」 　それにはやはり、大学・短大・専門学校のどれかに行く必要がある。俺は迷った挙句、専門学校への進学を希望した。夏休みの間に両親と腰を据えてきちんと話し合いをしてみた。二人とも、俺のことが気掛かりでそれで喧嘩が増えていたことをこの時初めて知った。俺は両親に頭を下げて、就職したら必ず金を返すことを約束し、どうにか進学にこぎつけたのだった。目標が決まれば後は早かった。ひたすらに勉強する日々が続いた。正直、秋風にキスしてしまったことは、頭の隅にあったがそれよりも今は自分のことをとにかく優先させた。秋風もあれ以来普通に接してくれていたし、俺も蒸し返すようなことはしなかった。 　夏休みも終わり、勉強漬けの日々が続く。その間に面接の練習や模試試験を受けたりと、日々は忙しなく過ぎていった。 　そして十月に入り、AO入試が行われた。結果は、不合格だった。この時ばかりは思い切り泣いたし、次に向けてまた頑張ろうという気持ちが自然に沸いてきた。年明けの入試に向けて俺は一層勉強した。 「たまには休憩したらどうだ？」 「秋風からそんな言葉を引き出せるようになった俺すごくね？」 「……そうだな」 　年越しも正月も返上して勉強した。一生分勉強したんじゃないかってくらい机にへばりついた。そうして迎えた合格発表当日、俺は一目散に秋風に電話を入れた。俺の声色で事態を察した秋風が電話越しに喜んでくれる。それが嬉しくて、また少し涙が出た。無事に俺は専門学校へと合格できたのだった。 桜舞う三月。中庭の大きな桜の木は、相変わらず綺麗に花弁を靡かせている。今日でこの制服に袖を通すのも最後になる。なんだか少し寂しい気持ちで、俺は桜の木を見つめていた。 「卒業おめでとう」 　振り向くと、秋風がいた。他の生徒との写真撮影を終えたのか、その場には俺と秋風しかいない。 「色々あったけど、全部秋風のおかげだ。ありがとうございました」 「なんだ？　気色悪い」 「ひどっ！」 　秋月は微笑んでから、ポケットからあの栞を取り出した。俺は何だろう、とそれを見つめる。 「これな、小さい頃のお前が作ってくれたんだよ」 「は？」 「……“つー君”って覚えてないか？」 「あ……」 　その名前には覚えがあった。確か俺が小さいときに隣に住んでいたお兄さんの愛称だ。俺はつー君に凄く懐いていて、毎日のように遊んでいたっけ。 「秋風躑躅(つつじ)。俺がつー君なんだよ」 「え、でもなんで……」 「最初、お前を見たときに直ぐに飛鳥だって解った。でもお前は覚えてないみたいだったし、三年の忙しい時期に俺の私情でお前に負担をかけさせたくなかった」 　秋風――つー君が弱々しく笑った。あぁ、そうか。あの既視感は、これだったんだ。もやもやした気持ちがスッと消えたのを感じた。でも待てよ、だとするとあの時の言葉は……？ 「え、その栞、大切な人に作ってもらったって……」 「だから、お前」 「は？」 　面倒臭そうに頭を掻いてから、つー君が俺の手を引いたと思ったら、柔らかいものが唇に触れた。それは一瞬で、訳が分からず俺は瞬きを繰り返す。 「ずっと、お前が好きだった」 「え、あ……えっと…」 「補習の時にしてくれたキスはそういう意味じゃなかったのか？」 「あ、あれは…！　お前に嫌われたくないと思って思わず……」 　つー君の頭が俺のおでこに合わせられ、距離が一層狭くなる。心臓はバクバク言ってるし、つー君の整った顔が近くにあるしでもう訳が分からない。 「顔、真っ赤」 「っ誰のせいだと……」 「俺？　俺のせいなら嬉しいな」 　そう言ってクスクス笑うつー君の余裕に腹が立ったから……。だから今度はこっちから思い切ってキスしてやった。そしたら、嬉しそうな顔が視界一杯に広がって。 「なぁ、飛鳥？　俺のこと好きか？」 「バカな俺を最後まで見捨てなかったのはアンタだけだった。俺がどんなに避けても話しかけてくるし、頑固だし…。そこまでされたら、嫌いになんてならないだろ」 「じゃあ、なに……？」 「……す――」 　その言葉は、奴の口付けによって塞がれた。俺は、ただそれを受け止める。強めの風が吹いて桜の花弁が舞い踊る。俺は最高に幸せな気持ちで卒業を迎えた。これから大好きな人と一緒に歩んでいける未来を想像しながら。