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第8話

   入口まで溝内が駆け寄ってきた。近寄ってきたときに今までチビだと思っていた溝内が大きく見えてしまった。思わず一歩後ずさった。  「先輩と一度でいいから同じコートに立ちたかったんです。時間ももうほとんど残ってないですしね」  嬉しそうに溝内が笑う、その瞬間に何かが腹の奥で動いたような感覚が起きた。  「別に……いつだって、遊んでやるよ。俺は帰る……」  踵を返した瞬間に腕をつかまれた。  「先輩、練習今日は午前で終わりです。その後、ここで、体育館で、待ってます」  小声でそうささやくと、溝内はコートの中へと駆け戻っていった。「馬鹿野郎、誰がくるか」と答えるはずだった。けれど言葉は出ることはなく、その言葉自体を飲み込んだまま消化不良を起こしそうになっていた。  自転車置き場まで戻った時に自分が何をしに来たのか思い出して驚愕する。  「俺は……溝内に会いに来たのか?」    間違いなくそうだ、落ち着かない気持ちの理由も、まるで何かに腹を立てているような自分の気持ち悪さも、全て溝内が絡んできたときにだけ起こるのだ。  「嘘だろ……俺はどうしたいんだ?」    携帯を取り出すと荻野に電話をした。どうしても、荻野に会わなくちゃいけないとそう思ったのだ。  「もしもし、荻野?うん、少し会える?いや、違う……そうか、駅前なら……ああ、構わないよ」  駅前のファミレスに荻野を呼び出した。呼び出しておいて、なんで呼び出したのか分からなくなり言葉に詰まった。  「珍しいやつから、珍しい救難信号が出てたから来たんだけど。何?俺の顔眺めて、それだけで解決しちゃった?」  にっと荻野が笑う。この男のはずだった、この男が俺は欲しかったはずなのだ。あんな一年の生意気なガキじゃない。それなのに何かが違う、違ってしまった。  「悪い、俺どうかしてたらしい。疲れてんのかな」  「別に、人間らしくていいじゃん、お前いつもカッコつけすぎなんだよ。もう少し、自分のことにも必死になってみれば?」  用が済んだようだから帰るよと荻野は出ていった。コーヒー一杯で勘弁してやると笑いながら。体育館であいつは待っていると言っていた、そこに答えがあるのなら行くべきなのだろうと思った。  仕方ない答えがわからないなら、見つけるだけだ。  

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