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とある夜のお話①
まだお付き合いを始める前の2人のお話。
獅子原理佳視点
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とある日の深夜のこと。不意に意識が浮上した理由は、異常なほどの寝苦しさだった。
腰に纏わりつく腕の重たさ、足同士が絡まりあう感覚。自由を制限されたこの状況に、自然と眉が寄る。
重たい瞼を半ば無理矢理に開くと、視界に映ったのは淡く茶色い髪。そして、その下の寝息を立てている穏やかな寝顔。それが誰かなんて、考える必要はない。
「通りで寝苦しいわけだ」
それなりの間隔をとって眠っていたはずが、気づけば完全にウサギの抱き枕にされていた。
全くと言って良いほど身動きがとれない状況に、これでは起きてしまって当然だと思う。
何気なく時計を見れば、まだ深夜4時を少し回ったところで、いくら何でも起きるには早すぎる。かといって身体全体で抱きつかれ、遠慮なく首の匂いを嗅がれている状態で眠れるわけもない。
「ウサギ、おい……ウサギ」
どれだけ呼んでも、ちっとも起きそうにないウサギに、出るのはため息ばかり。
ぎゅうぎゅうと締めつけられる感覚は不快ではないものの、別の感情を呼び起こしそうになる。
例えば、柔らかい肌に暖かい体温。
それから、時折漏れる「んっ」だとか「ふぅ……」だとかの、吐息。それがダイレクトに伝わってくるのだから、自ずと身体が反応してしまう。
別に欲求不満ではない……と思う。世間一般のそれに詳しいわけではないが、淡泊な方だと自負している。けれど、寝起きの隙をつかれては、抗うのに多少の苦労は要するわけで……。
恐る恐るウサギの顔を覗き込むと、その目はしっかりと閉じていた。いつもは皮肉ばかり言う口元は緩み、とても幸せそうに眠っている。
黙っていると整った顔をしている……と、不覚にも見惚れる俺の目の前で、僅かに開いていた唇が動く。
「……ん、きもち、いい」
「――は?」
「もっと、近くに」
聞こえた言葉に思わず身体を離す。するとウサギは、それを止めようと嫌々と首を振った。
「やだ……離さないで。離れちゃ、やだ」
先ほどよりも身体を擦り寄せようとする仕草に、頭に浮かぶのは『まずい』の3文字。
――この状況、漏れ聞こえた寝言、そして寝起き特有の身体事情。
身体のずっと奥のから、むずむずと湧き上がるアレ。人間の三大欲求でもある『性欲』が徐々に頭をもたげ、無視できないほどに存在を主張し始める。
ウサギと眠るようになって数日、キスは何度かしたものの、まだ手は出していない。それは教師と生徒だとか、年の差だとか、男同士だとかの常識で抑えているのではない。
ただ、自分だけはこの子に触れてはいけないと思うから。それなのにキスをしたのは矛盾していると理解しているけれど、一線を越えることは躊躇われる。
抱きたくないのかと訊ねられたら「そんなわけがない」と答えるだろう。
けれど、抱きたいのかと訊ねられたら「わからない」に落ち着く。
触りたい。でも、触ってはいけない。そう何度も自分を律し、我慢を強いてきた。隣で寝ていて、いくらでもチャンスはあるのに無視してきた。
据え膳食わぬは男の恥だなんて言われたとしても、甘んじてその恥を受け入れてやるつもりだった。
――しかし、だ。
「んん……リ、カちゃん」
ふんわり笑ったウサギが、俺の部屋着を強く握りしめる。
「リカちゃん……もっと」
その『もっと』が意味することを、妙に深読みしてしまう自分がいる。
暖かい布団の中、薄い部屋着越しに感じる体温、もっとと強請る甘い声。
「駄目だ。抱くしかない」
守ってきた最後の砦は脆くも崩れ落ち、越えまいと決めていた一線を軽い足取りで飛び越える。
恥を重ねて我慢してきた据え膳は、さぞかし美味に違いない。
こうなれば、心ゆくまで貪り尽してやる。そう思って身体を起こしかけた時だった。
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