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とある夜のお話②

「……この変態教師」  数分前までの穏やかな寝息は消え、突然の罵倒がウサギの口から出る。  強く絡んでいた腕が俺の髪を引っ張り、一体化していた足がわき腹を蹴った。不意打ちすぎる痛みに戦き身体を離すと、器用にも寝ながら追ってくるではないか。 「え?もしかして……起きたのか?」 「エロい事してんじゃねぇよ、このクソ教師」 「痛っ、ちょっと待、痛い痛い……本当に寝てる?寝たふりじゃなくて?」  げしげしと蹴ってくるウサギの右足。徐々に追いつめられた俺の身体はベッドから落ち、冷たく硬いフローリングに叩きつけられる。  ドスン、と鈍い音が寝室に響いたにもかかわらず、張本人であるウサギの目は閉じたままだ。 「ふぅ……クリ……ア、できた」  満足そうなその寝言に、俺の心はポキッと折れた。全身の力が抜け、床に沈み込む。  きっと彼は、夢の中で冒険にでも出ているのだろう。目を離せばすぐにゲームをするほど、趣味も特技もゲームの彼らしいではないか。クリアという言葉が表すに、さしずめ俺は敵に違いない。  なんだか全てを見透かされた気がして、寝ている高校生に釘を打たれてしまった。  欲望のまま伸ばしかけた手が宙を彷徨い、すっかりと萎えてしまった下半身を見る。 「この俺が高校生に振り回されるなんて……このクソウサギ、起きたら覚えてろ」  完全に目覚めてしまった頭と、行き場のない欲望が渦巻く。情けない捨て台詞を残し、俺は寝室を出た。  1人きりのリビングで煙草をふかし、思いを馳せるのは身体に残るウサギの感触だけ。  男のくせに柔らかい肌と、日頃のウサギからは想像できない甘いおねだり、それから直に感じていた吐息。  思い出せば思い出すほど、静まったはずの欲が蘇ってくる。それを押し止める術はなく、とぼとぼとした足取りで向かうのは浴室しかない。  そこで俺が何をしたかは、絶対に誰にも言えない。屈辱と背徳感で溢れた浴室に響く呻き声に、幸いにもウサギが気づくことはなかった。    『朝起きたらリカちゃんいなくて、すっげぇ寒かった。ありえねぇ』  そして数時間後、腹を掻きながら寝室から出てきたウサギを見て、俺が怒りを感じたのは言うまでもないだろう。 *とある夜のお話*END

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