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恋人を自慢したい②
「お待たせ、慧君」
声をかけられた隣には、いつの間にかリカちゃんが立っていた。
少し離れた所に見える黒い車、朝出て行った時と同じスーツ。仕事帰りに直接来たのだとわかる格好に、何とも言えない満足感が湧く。
「待った?」
柔らかく笑いかけながら覗きこんでくる顔。相変わらず整ったそれから逃げるよう、顔を背ける。偶然視界に入った女の子3人が、こちらを見て何かを囁き合っているのを見つけた。
その目がリカちゃんだけを見つめているように見えた……のは、多分俺の勘違いじゃないだろう。
「………待った。すげぇ待って、待ちくたびれたから帰ってやろうかと思った」
今日もまた可愛くない俺の頭を撫でる、リカちゃんの手。そこから少しだけ煙草の匂いがして、絆されそうになる。けど今の俺は待たされて不機嫌だから、緩みかける頬を堪えた。
そんな俺に、リカちゃんは苦笑する。
「今日は慧君の言うこと、何でも聞いてあげるから許して」
リカちゃんは逃げる俺の頬に手を当て、親指でそっと目元を撫でる。その色っぽい仕草に俺たちを見ていた3人が騒ぐと、心のモヤモヤが育つ。
勝手に見てんじゃねぇよって気持ちと、俺のだっていう気持ちと。
それから、ほんの少しの優越感。
見知らぬ女子高生でさえ夢中にさせるイケメンが、男の俺の機嫌をとろうと必死なんだぞって、すごく性格が悪い。けれど俺の性格は元々良くないのだから、素知らぬふりでリカちゃんを睨みつける。
「言うこときくって、何でも?」
にこりとも笑わず訊ねると、リカちゃんは迷うことなく頷く。
「もちろん」
「無茶なこと言うかもなのに?」
「いいよ。慧君のおねだりなら、何でも聞いてやりたい」
いつになく機嫌のいいリカちゃんが紡ぐ甘い言葉に、おそらく周辺の人は骨抜き状態だろう。だって、俺はリカちゃんほど見た目が整った人間を知らない。
嫌味なほど長い手足、服を着ていてもわかる細い腰。全身を黒色で包み込んだ、飾らないシンプルなスーツ姿なのに、それが良く似合う。
スーツは男を魅力的に見せるって言うけれど、元から魅力に溢れているリカちゃんが着たら凶器みたいなもんだ。
そんな周りの視線を集めるリカちゃんが見つめるのは俺だけ。
どこにでもいそうな男子高校生の俺だけ、なのだ。
「そうやって機嫌とって、俺のことどれだけ好きなんだよ」
はっ、と鼻で笑ってリカちゃんの手を躱す。バカにしたようなことを言いながらも、俺の心臓は激しく脈打っていた。
土曜の昼間。場所は人通りのある道。
学校から離れているとはいえ、周りには人がたくさんいる。
普通なら冗談で済ますか、くだらないと流されるだろう。でも、俺のリカちゃんは絶対にそんなことしない。
『俺のリカちゃん』だから、俺の言ったことには正面から答えてくれる。
「どれだけ、か……」
そうだなぁ……と、顎に手を当てたリカちゃんが首を傾げる。その目がゆっくりと細くなり、唇が緩い弧を描いて止まった。
リカちゃんが俺にだけ見せる、蕩けるような微笑み。ちらりと女の子たちの方を見ると、頬を赤く染めて見惚れているのがわかる。
でも、この微笑みは俺に向けてのもだ。間違っても他のやつの為じゃない。
「リカちゃん、答えられないなら俺もう帰るから」
つい催促してしまう俺の腕をリカちゃんが掴む。ぽすん、と軽い音が鳴って何かと思えば、いつの間にかリカちゃんの胸の中にいた。抱き寄せられたのだとわかったのは、リカちゃんの体温と甘いバニラの匂いに包まれたからだ。
「そこの女子高生にも、道を歩いている人にも。誰にも見せたくないぐらいには慧君に夢中で、心底惚れてますけど?」
語尾を疑問形にしたのは、俺をからかう為だと思う。その証拠にリカちゃんの口元がにやりと歪んでいて、黒い瞳が楽しそうにきらきら輝いていた。
どうやら、俺のささやかな悪戯と隠していた独占欲はバレていたらしい。
周りにいる人間全てに見せつけたいと思う、汚い感情はリカちゃんにはお見通しだった。
そして、それを肯定してくれた。
言葉と態度で、俺と同じだと証明してくれたリカちゃんを見上げる。
色っぽくて、大人で、格好よくて優しい。それでいて意地悪。そして俺だけを特別扱いしてくれる。そんなリカちゃんに腰を抱かれて車に乗り込みながら、まだこちらを見てる彼女たちに笑いかける。
ごめんでもなく、じゃあねでもない。その笑顔の意味は――。
『俺のリカちゃんが1番だ』という、最低にして最大の自慢だ。
*恋人を自慢したい END*
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