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バカップルの兆し③

 けれど、隠したかったのは何もやましいからじゃない。だってその本は、俺の持ち物ではないからだ。偶然拓海が持ってきて、そのまま忘れて帰って、返すのが面倒で放置していただけだ。  まさかそれが、もっと面倒な状況を引き起こすとは思っていなかった。こんなことなら、その日のうちに返せばよかったと後悔しても、もう遅すぎる。 「それは拓海が、忘れて帰っただけだ!俺はそんなのに興味なんかない!」  全て本当のことを言ったのに、リカちゃんの顔は呆れ顔から戻らない。それどころか、表紙を捲って中身まで確認しやがった。  表紙だけでも十分にまずい、それ――けれど本当に『まずい』のは、その中身だった。1番見られたくないページがバレる前に奪おうと、渾身の力を込めて飛び掛かる。  けれど悲しいことに、俺とリカちゃんの身長差は10cm以上ある。これは別に、俺が小さいのではなく、リカちゃんが無駄に大きいだけだ。 「ちょっ、返せ!返せよ!人のもの、勝手に見るな泥棒!」 「盗ったわけでもないのに、泥棒呼ばわりは良くないねぇ、慧君。それよりも何か聞き慣れた名前書いてるんだけど、これは何……いや、誰かな?」 「知らない!俺は何も知らない、何も見てない!」 「黒髪ショートのスレンダー美女。クールな英語教師リカ先生は、夜は意地悪なお姉様……顔は似てないけど…どことなく一致するよなぁ、ウサギさん?」  ああ……もう最悪だ。1番隠したかったページの、1番隠したかった部分を見られてしまった。   確かに雑誌のリカ先生と、目の前にいるリカちゃん先生は、外見で言えば全然似ていない。寧ろ、俺の目の前にいるリカちゃん先生の方が美人だ。  けれど、英語教師でリカ先生だなんて言われると、恋人としては気になってしまうのは仕方のないことだと思う。  この先、何を言われるかドキドキしながらもリカちゃんの様子を窺う。格好のネタを掴み、俺を苛めようとしてる顔を睨むと、ページを捲っていた手を止め、意外にも簡単に雑誌を閉じた。 「バカらしい。こんなことしてる暇があるなら、早く片付けてゆっくりしたい」  きっと何か嫌味を言われるのだと思っていた。リカちゃんに抱かれているくせに、まだ女に未練があるのかと言われるかと思っていた。もしくは『リカ』の名前に反応してしまうほど、自分のことが好きなのかと揶揄されるのも覚悟していた。  なのにリカちゃんは雑誌を山の中に戻し、何事もなかったかのように紐で縛る。そして片隅に寄せ、次の山に取り掛かりながら口を開いた。 「慧君さ、自分より可愛くない女で抜けんの?」 「……は?」 「あんなのに載ってる女より、お前のが何倍も可愛いと思うんだけど。お前ってメンクイだと思ってたのに、女の趣味は悪いのな」  男の俺が女のモデルより可愛いわけはないし、女の趣味は悪いってことは男の趣味は良いと言っているのか、と思うし。それはお前のことか、と聞きたくもなるし……とにかく色々とツッコミを入れるべきだろうけれど。

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