25 / 58
10年後の君へ②
朝、いつもの時間に目覚めると、枕元に見知らぬ本が置いてあった。
それは本というよりは冊子のような薄いもので、真っ白な表紙には何も書かれていない。
学校で誰かのが紛れたのだろうか。どうしてそれが枕元にあるのかは不思議だが、起き抜けの醒めない頭では考えが巡らず、不用心にも手に取ってみる。
「なんだ……これ」
その中身は、まるで日めくりカレンダーのようで毎ページに日付と短い文章が書かれていた。1ページにたった数行……変わった使い方だと思いつつも、その短い言葉に視線を走らせる。
例えば今日。
「×月×日。学校で教頭が転んだのを庇い、左手を痛める」
ありきたりな内容。されど、学校という単語が妙に気にかかる。とは言っても、これが学校で紛れ込んだのだとしたら、特に変なことではないだろう。
おそらくこれは、誰かの日記帳に違いない。思い浮かぶ答えはそれだけで、気怠い身体をベッドから起こし、リビングへと向かう。
簡単な朝食を用意してシャワーを浴び、全ての支度を終えた頃には、謎の本のことなどすっかり気にはならなくなっていて、仕事用の鞄にしまいこんだ。
そのうち誰かが探しに来るか、授業の始まりに軽く聞いてみるか……きっと、すぐに持ち主が現れるだろうと思っていた――のに。まさか。
「すまんね、獅子原先生」
「いえ。大きな事故にならなくて、良かったです」
普段通りの時間に学校に着き、車を置いた俺をまず初めに出迎えてくれたのは教頭だった。しかも階段から落ちてきたなんて、どれほどイレギュラーな展開だろう。
受け止めようと咄嗟に伸ばした腕は、教頭の肥えた身体を捉えはしたが、それで限界だったようで変に筋を痛めてしまった。病院に行く程でもない、軽い怪我。
それは左腕だった。
「獅子原先生?もしかして腕が痛むのか?」
黙り込む俺に、教頭の訝しげな視線が向く。咄嗟に浮かべた笑顔でそれを躱すと、早々に科目室に逃げ深い息を吐いた。
「まさか……気持ち悪い偶然、だろうけれど」
たまたま、偶然にも本の内容と一致しただけだ。学校、教頭、左手とピンポイントではあるけれど、時間的に教頭が学校にいてもおかしくないし、俺は左利きだし。
こんな偶然があることには驚くが、幸いにも怪我は大したことはない。早く持ち主にこの本を返し、忘れてしまおう。
この時はまだそう思っていた。
けれど、どれだけ待っても本を探す人物は現れず、各学年の各クラスで訊ねても誰も本のことなど知らず、終いには職員にまで確認をとったのに。
それなのに1週間が経っても、謎の本は俺の手元にある。
そして1週間……。
――ことごとく、本に書かれている内容が的中していた。
ともだちにシェアしよう!