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いけ好かない同僚の話①
俺の名前は猿渡芳樹。29歳になったばかりの働き盛りで、職業は高校で数学を教える教師だ。
この『雀ヶ丘高校』で働き始めて早4年。それなりに仕事にも慣れ、生徒とも打ち解け、公私ともに順風満帆な俺には、どうしても好きになれない……というよりも、正直に言って大嫌いなやつがいる。
嫌味ったらしくない程度に、けれどどう見てもお高いスーツを毎日着ているそいつ。
暑い暑いと周りが文句を言う中、なぜか汗もかかず涼しい顔をして働くそいつ。
英語教諭でありながらも、俺の作ったテストの間違いを指摘しやがったそいつ。
どれほど俺がそいつを嫌っているかを、是非聞いてほしい。
* *
「獅子原せんせぇ。ほら、もっと飲みましょうよ」
「いや、本当こう見えて酒は苦手で……代わりにお注ぎしますよ、先生」
聞こえてくる甘さを含んだ女教師(とはいっても50歳を過ぎたベテランだ)の誘いを、苦笑を浮かべながらも上手く躱している男を盗み見る。
今日も今日とて細身のスーツを着用し、けれど仕事中とは違ってネクタイを緩めた胸元。チラリと見え隠れする肌は白く、おそらく触り心地も良いのだろう。
しかし残念なことに、俺には男の肌を触る趣味はない。その相手が獅子原理佳ともなれば、尚更である。
獅子原理佳。獅子原という仰々しい名字もさることながら、理佳と書いて『あきよし』と読むこの男は、春にめでたく27歳の誕生日を迎えたらしい。見た感じは大学生と言っても差し支えないが、立派な成人男性だ。
隠してではないが周囲に遠慮しつつも喫煙している姿も見たし、毎日車で通勤している。先輩であるこの俺が満員電車に揺られて辟易しているというのに、こいつは悠々と高級車を乗り回している。ちなみに俺のマイカーはローンを組んで買った軽自動車である。
俺がこうして獅子原を紹介する内容に若干の僻みが入ってしまうのは、致し方ないこと。なぜならば、獅子原の誕生日は4月20日で俺は4月19日……もちろん、誰もそのことに気づいていない。
そのことと言うのは俺たちの誕生日が4月だということではない。正確には、俺の誕生日が獅子原の前日だということに、だ。
4月19日の朝、やっぱり誰にも声をかけられないことに落胆し、そして20日の朝に、大勢の職員や生徒が口にした「獅子原先生、お誕生日おめでとうございます!!」の言葉にやさぐれた。俺のときは完全に忘れ去っていたくせに!!みんな、獅子原のときは覚えていやがったのだ。
赴任した時期は同じだが俺の方が年上だ。2年だけとはいえ、獅子原よりも長く生きている。社会に貢献してきているはずなのだ。それなのにこの扱いの差はどういうことだろう。
あれ、だろうか。やはり顔なのか?それとも収入か、身長か、能力なのか?
男子校とはいえ妙に色気を振りまく獅子原。少しでも笑えば周りは頬を染め、獅子原が頼んだことには、たとえ面倒な内容でも誰も文句を言わず従う。齢65歳を越えた掃除のおばあさんでさえも、獅子原の為に灰皿を毎日綺麗に洗っている始末。
収入だって、この獅子原は教頭の大のお気に入りで、それなりの役職をもらって俺より高いはずだし、身長なんて比べたくない。
けれど俺だって別に悪くはない。悪くないどころか、学生時代はそこそこモテていた。彼女に困ったことはないし、若気の至りでやんちゃな関係もあった。
それなのに。
それなのに、なのに!
なのに、何故!どうして、こうなってしまったのだろうか!!
「獅子原先生~!!!」
学期末の打ち上げ、慰労会と称した飲み会で紡がれる名前は『獅子原理佳』ばかりだ。
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