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ツンデレラ⑩

「あれって、もしかして隣国の?」  急に現れた真っ黒な妖しい男に、周囲の注目は自然と集まる。しかもそいつが誰の目も引く容姿をしているのだから、尚更だ。  けれど口々から出てくるのは、俺が予想する台詞とは全く違った。まるでリカちゃんが有名人であるかのような、そんな言葉ばかりだった。 「そうだよ!間違いなくリカ様だっ!あれ……でもリカ様って、確か修行の旅に出られたんじゃないっけ?」 「違うよ。僕が聞いたのは、どこかの国の女王様をタラシこんで国を乗っ取ったって。その国でハーレムを築いて、もう戻ってこないって」 「え、そうなの?西の魔女を妊娠させて石にされたんじゃないの?」 「違う違う。妊娠させたのは大海賊の女頭で、今じゃ世界中で終われる賞金首だよ」  そこに飛び交う噂は全て下世話なものばかり。しかも、そのどれもが恋愛沙汰のいざこざばかりで、こいつの過去はどうなってるんだと問い詰めたくなった。 「………リカ。あんた酷い言われようね。でもね、火のない所に煙は立たないのよ、知ってた?」  呆れて何も言えない俺の代わりに口を開いたのは、オカマの王子様だ。慣れているのか王子は笑っていて、いつの間にか王子の後ろに下がっていた執事も小さく頷く。 「くだらない噂なんてどうでもいい。そんなことより、いつまでうちのウサギに触ってるわけ?」  視線だけで俺からオカマ王子を離させたリカちゃんは、自由になった途端、これ見よがしに抱きしめてくる。いつものラフな服じゃなく、上質で肌触りの良い布が頬に触れた。 「びっくりした?ウサギにしては珍しく、何も言ってこないね」  けれど、こうして悪戯に笑うのはいつもと変わらない。 「驚きすぎてリアクションがとれない……」 「だから絶対に逃がさないって言っただろ。誰かさんが王子様とやらに興味持ったみたいだから、これは叶えてやらないと……ってね」 「だから、俺は別に王子様にそこまで興味があるわけじゃない」 「だとしても。お前から向けられるものは、全て俺に対してじゃなきゃ許さない」  確かに近いことは言われたけれど。  だからと言って、まさかこんな展開を誰が想像したろうか。ただの性悪継母が王子様に変身しやがったのだ。それも、誰もが羨むような完璧王子に。 「と、いうわけで。こんな場所にいても仕方がないし、さっさと帰るか」 「帰るってどこに?リカちゃんの城?」 「は?どこって、そんなの俺たちが帰る家はあそこだけだろ。せっかく2人きりで過ごせる場所があるのに、他人のいる所に行かなきゃ駄目なんだよ」  当然の如く言い切ったリカちゃんは、会場に居る着飾った誰にも目もくれず、ご馳走も無視して歩き出す。その目に映るのは、ただ俺1人だけだ。  本当は王子様のくせに、あの小さな家へ帰ると言う。本当の家に帰れば何も不自由がないのに、あの家で俺の世話をして過ごすと言う。  俺との地味な暮らし『だけ』がリカちゃんにとっての『帰る場所』らしい。  目を眇めて首を振るオカマ王子を無視し、少しだけ表情が優しくなった強面執事に手を振り、そうして部屋を出たリカちゃんは廊下を進む。  真っすぐ前だけを見て螺旋階段まで来て、やっと後ろの俺を振り返り見た。  手は、繋いだままで。 「そう言えば、確か本物は靴でお姫様を探し当てるんだっけ?」  よくわからないことを言って、けれど見惚れるほど優雅な仕草でリカちゃんは跪いた。  下から上目遣いで見てくるその目元に前髪がかかり、髪の隙間から覗く泣きぼくろがやけに色っぽい。 「ちょっと失礼」  ただのブーツを脱がせ、俺の足を自身の膝に乗せる。そして何を思ったのか、露わになった俺の足の甲に恭しく……そっと口付けを落とした。 「男が足の甲にキスを贈る意味、ウサギは知ってる?」 「は?そんなの、知ってるわけないに決まってるだろ」 「だろうね。俺も、お前以外には絶対にしないし」  こうして2人だけの物語は、2人らしいハッピーエンドを迎える。 「男が足の甲にキスを贈る意味は、隷属の証。何があってもどんな時でも、俺はあなたの為に生きる奴隷ですっていう誓いなんだよ。――俺だけの可愛いウサギちゃん」  普通のお話と少し違うのは、王子は永遠に1人だけの下僕ということ――。            *ツンデレラ END*  

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