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いけ好かない同僚の話③

 立食パーティーの形で行われた二次会。知り合いのレストランを貸し切り、体裁の為に獅子原を含む同僚も呼んだのだが、そこに現れた獅子原はとにかく目立っていた。  仕事着とは違う小洒落たスーツに、邪魔な前髪を上げたヘアスタイル。涼しげな目元と泣きぼくろを惜しげもなく晒し、首元にはネクタイではなくスカーフを巻いてきた。  誰がそこまで着飾ってこいと頼んだ?と、主役の俺よりも注目を集める憎き男に、心の底から苛々したことを今でも覚えている。  カウンターにも凭れながらタバコを吸う獅子原の周りには、嫁の友人らしき女がウジャウジャと集まり、そのどれもに愛想よく接するこいつに会場の男は殺意を燃やす。  合コンで言う1人勝ちなんてレベルじゃない。モテるだとかの、そんな言葉でも済まされない状況。  まさに獅子原の獅子原による、獅子原の為のパーティーだった。いつしか会場は結婚式の二次会から『現れた最高級の餌を奪い合う雌豹たちのサバンナ』に変わり、俺は自分の嫁ですら参加するのでは……と、危惧したぐらいだ。  そんな時、女性陣のうちの1人がグラスを倒した。床に跳ねた硝子の破片が彼女の足を切り、彼女のふくらはぎにじんわりと血が滲む。  グラスが割れる音、酒の飛び散った音、痛みに上がった悲鳴。周囲が騒然とする中、俺が世界で1番嫌いな男は思いもよらない行動に出た。  傷を押さえる彼女の足元に跪き、巻いていたスカーフで患部を覆ったのだ。  私物に他人の血が付くのも、高そうなスーツが汚れるのも気にせずに。小さな酒の水たまりに膝をつき、自身の太腿に女性の足を乗せてやり、ブランド物のスカーフを巻いて。  ――そして。 「せっかくの綺麗な足に傷が残ったらいけないから。こんなことしか出来なくてごめんね」  獅子原の言ったこの一言に、もう女性陣の目はハートだ。先ほどとは別物の悲鳴が上がり、もはや嬌声に近かったかもしれない。  主役そっちのけで騒ぐ女性陣。ほんの数時間前に愛を誓い合ったはずの嫁でさえ「かっこいい……」と呟く始末に、頭と膝を抱えたくなった。  この時俺は思ったんだ。こいつとは、どう考えても何があっても、きっと分かり合えない!こいつは俺だけではなく、世界中にいる男すべての敵だ!!!と。  お礼とかこつけて連絡先を聞き出そうとする女の子を振り切り、向けられる好意と羨望の視線を無視し、何事もなかったかのように場を後にする獅子原の背中。  俺たち夫婦に向けて「お幸せに」と獅子原が微笑んだその先で、俺の隣に立っていた嫁が「あなたがしてください」と言ったのは、幻聴だったと思いたい。    こうしてあの事件以来、俺の獅子原嫌いに拍車がかかることになったのだが、目の前に座っている張本人は、俺の気持ちなどつゆ知らず時計を気にしている。  俺が左利きに憧れていると知っているのか、堂々と右手に巻いた腕時計を見ては眉を顰めていた。 「獅子原。もしかして何か予定があるのか?」 「あぁ、まぁ……予定というか、何と言いますか」  当然のことを聞いた俺に返ってきた獅子原からの返答は、かなり歯切れが悪いもので。自分も何度か身に覚えがあるだけに、すぐさま俺は思いついた。獅子原が言い淀む、予定とやらを。 「もしかして彼女と待ち合わせか?」  俺は底意地の悪い男だ。こんな職場の飲み会で上司や同僚の前で堂々と聞くんだから。  でも、このいけ好かない同僚をただ困らせてやりたい。その一心で口にした俺に、獅子原の視線が向く。    いくら嫌いな男とはいえ、こいつの瞳は恐ろしいほどに綺麗だ。  そんな黒の光りに包まれながらも、俺は獅子原の困った顔を楽しみにしていた。

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