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いけ好かない同僚の話④

 けれど目の前の男に、俺の願いは届かなかったらしい。  獅子原は困った顔など一切せず、それどころか顔色を全く変えずに薄い唇を開いた。 「23時までに帰らなきゃ家に入れてもらえなくて。クールに見えて、実際はすごく束縛するタイプなんですよ」  息を吐くと共に返された台詞。彼女がいることを否定するどころか、肯定してきたことに俺は心底驚く。 「へ、へぇ……束縛魔なんだ。それは大変だな」 「大変?別に平気ですけれど……まぁ束縛も嫉妬も、可愛らしい愛情表現だと思っています。そんなことしても無駄だって、本人は全く気づいてないみたいで」  楽し気な様子で笑うその姿に、こいつは相当手強いのだと知る。  束縛も嫉妬もくぐり抜けて遊んでやる。自分にはその自信があるのだと言っている。おそらく獅子原なら、常人以上の恋愛経験があるのだろうと思った。  俺の心の中に、見ず知らずの彼女を心配する気持ちが生まれた。こんな男に捕まって骨抜きにされ、束縛を繰り返すその子が不憫に思えた……のだが。  しかしながら、そんなものは俺の杞憂でしかなかった。 「何も心配しなくても、俺は他の誰も見ていないのに。全部自分のものだって、どうして気付かないんですかね……伝えてるはずなんですけど」  聞こえたのは斜め上をいく返答だ。今までに大量の女をはべらし、選び放題遊び放題していたくせに。  今回の彼女だって、どうせ遊びの一環でしかないはずのくせに。他にも沢山、他人には言い難い関係がある……はずだったくせに。  まさかの一途溺愛タイプだったとは!!こちらの予想とは真逆ではないか!!  その後も獅子原はどんどん喋る。  やれ生意気なとこが可愛いだの、寝顔は永遠に見ていたくなるぐらい愛らしいだの。その子と付き合い始めて、スマホの容量がすぐに足りなくなっただの。一体お前は、どれだけの写真を撮っているのかと考えさせられてしまうほどだ。    それこそ聞いてないことまで話す獅子原は、どうやら自分の話はしないが、自分の彼女については何でも話してくれるらしい。寧ろ、こちらが聞かされているという表現の方が正しいぐらいに。 「出来ることなら24時間ずっと触っていたいぐらいです。形も質感も、温度も匂いも全て記憶しておきたい」 「へぇ……。それは彼女に言ってやったらどうかな……多分、怖がると思うけれど」 「言うと怒るんですよね。変態ってなじられて、でもそれも可愛くて」 「なあ獅子原。そこまで行くと犯罪の匂いがするのは俺だけだろうか……」  一体誰だ。こいつをクールでミステリアスな遊び人だなんて言ったやつは。  本当の獅子原は遊び人とは真逆の彼女一筋じゃねぇか。それもストーカーの気質さえ窺わせる、頭のやばいやつだ。  こうして、俺たちの会話から漏れる獅子原の惚気を聞かされた女性陣は、悲しみに打ちひしがれ、密かに自分の娘と見合いさせたがっていた教頭は焼け酒に走り……飲み会は荒れた。  会計を済ませて二次会に行くやつら、行かないやつらに分かれる。もちろん俺も獅子原も行かない。連れ去られる新米教師に哀れみの視線を向け、そそくさと帰路につく。  それが社会人なりたての運命なのだと、後に後輩たちも気づくだろう。  獅子原が笑顔の裏で『門限があるんだから早く帰らせろ』と言っているのを、俺以外は気づかないままに飲み会はようやく終わりを告げた。

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