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第22話 新しい日々へ(最終話)
『あけましておめでとう。今年も二人三脚で頑張ろうね!』
1月1日の正午前、亜子さんから届いた年賀メール。
ベッドの中で半分寝ぼけながら、『あけおめです。今年もよろしくお願いします』と返事を送った。
去年までマネージャーである亜子さんからしか来なかったこういう類いのメールだけど、今年はもう一人。
―13:24
『おはようございます!起きましたか?改めてあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!』
―13:25
『起きてる。あけおめことよろ!はよ帰れ』
―13:30
『気持ちとしては今すぐ帰りたいです!!』
家族旅行中に頻繁にメッセージを送るのも悪いなと思って、そこで止めておいた。
さて、ヒマだ。テレビを付けてみても、うるさいバラエティが流れているだけ。
去年の休みはどう過ごしていたっけ。
たしか同じようになにもせず寝てばかりいた気がする。
一人でいるのと、一人でいるけど待つ人がいるというのはこんなにも差があるものなんだなと、ぼうっと天井を見つめながら思った。
今年はどんな一年になるんだろう。
とりあえず、目下の気がかりは月末に本番を迎える朗読劇だ。
考え始めるとそわそわしてしまって、俺は正月から台本とにらめっこする羽目になった。
毎年の仕事始めは、恒例行事である事務所の新年会。
設立当初から続いているそれは、少しづつ人数が増え、少しずつ使うホテルの格が上がっている。
……と、その前に巡が帰ってくるんだった。
4日に戻ると言っていたけど、まあ旅疲れもあるだろうし、会うのは新年会でかな。
本当は空港まで迎えに行ってもいいくらいだけど。ヒマだし。
でも、なんだか“待ってました!”という感じがしてカッコ悪いかな?疲れてる中気を遣わせるのも悪いしな。
なんて頭の中で一人勝手に言い訳を考えていたとき、それまで静かだった携帯がうるさく鳴った。
『おはようございます!日本時間であさって(4日)の18時に空港に着くんですけど、その足で亮平さんち行ってもいいですか?』
文面を見て数秒固まった。
えーと。まあ、別に、来たいなら来れば?と素っ気なく考える頭とは裏腹に、どうにも顔は緩んでしまう。
『いいよ』
なにも思いつかなくて死ぬほど味気ない一言になってしまった。
いやさすがに可愛げ無さすぎだろ。
送ってすぐ後悔して、変な猫がOK!と言っているスタンプを押してごまかしておく。
好きだと自覚する前はどんなふうにやり取りしていたっけ?と思ってざっとやり取りを遡ってみたけど、自分の必要最低限の言葉数の返信にちょっと青ざめた。俺って普段からこんなんだっけ?つまらないにもほどがないか?
『よかった!お土産渡しますね!』
『ありがとう!☆』
とりあえずびっくりマークとキラキラの絵文字をつけて場を凌いでみる。
そうしてみたらしてみたで物凄く恥ずかしくなって、また変な猫のスタンプを押してしまった。
なんだこれ。
この感覚。
中学生女子か。
中学生女子を知らないけど!
文字のやり取りひとつに悩んだりするなんて、らしく無さすぎる。
そもそも俺の方が年上だし。先輩だし。もっとドンとしてればいいんじゃないか?
そんな事をぐるぐる考えながら、ベッドに突っ伏して唸っていた。
◆
インターホンの音がして、画面を確認してオートロックを解除する。
昨日はヒマすぎて無駄に掃除がはかどってしまった。
おかげでキッチンも風呂もトイレもピカピカだ。
部屋の鍵も開けておいたのに、巡は律儀に部屋の前でもインターホンを押した。
「はいはい、開いてますよ」
「亮平さん!お久しぶりです!」
玄関のドアを開けて、俺の顔を見るなりぱあっと笑顔になった巡を見て、こっちも嬉しくなる。
「久しぶり。誰かさんが海外逃亡してたからな~」
「俺はすぐにでも帰りたいって言ったじゃないですか!あ、これお土産です」
「おー、ありがとう」
お土産だと渡された紙袋を受け取ってすぐ、巡にふわっと抱きしめられた。
「会いたかったです」
「うん」
「亮平さんも?」
「……うん」
ふふっと笑うのが耳元で聞こえて、なぜだか胸がぎゅうっと痛くなった。
慣れない。このなんというか、余白というか、俺にも猶予がある感じで来られるともう本当に恥ずかしくてどうしていいか分からなくなる。とりあえず、手に持っていた紙袋を床に置いて俺も軽く抱きしめ返す。
少し下にある巡の肩に頭を預けて、そう言えば俺の方が背高かったんだっけ、とどうでもいいことを考えた。
だってそうでもしないと心臓爆発しそうだし。
ドキドキしすぎて、しんどい。
でも先にギブアップしたのは巡の方だった。
「すみません、玄関先で。上がっていいですか?」
「……」
なんだ終わりか。
物足りなくて、ほっぺに軽くキスしてやった。
だってずっと触りたかったし。まあこれくらいならいいかなと思って。
「何か飲む?って言ってもお茶か水かレモンソーダしかないけど」
「……あなたって人は……」
「まあまあ。減るもんじゃないしケチケチすんなよ」
「そういうことじゃないです人の気も知らないで!」
「どんな気だよ」
巡の反応が思ったより良くて、けらけら笑いながら冷蔵庫を開け烏龍茶のペットボトルを2本取る。
「はいお茶。お土産見ていい?」
「もちろんです」
ペットボトルを受け取ってすぐ、巡は喉を鳴らしてそれを飲んでいた。
俺はというと、巡のそんな様子はあまり気に留めずガサガサと土産物の包装をはぎ取っている。
「おわー!UGGだ、かわいいじゃん!」
「それ、亮平さんに似合いそうだと思って」
「ありがとう!めっちゃ嬉しい!」
そう言って巡の方を見た瞬間、また抱きしめられた。
さっきよりももう少し力強くぎゅっとする腕に心地いい熱さを感じる。
「巡?」
「……亮平さん」
溜め息まじりに耳元でささやかれて、思わず背中にぞくぞくと高揚感が走った。
声の甘さに酔ってしまいそうだ。
なんとなく返事ができなくて無言でいると、少し体が離れて至近距離で見つめ合う。
あ、うん。
これは、あれだな。
なんて言うか、そういう空気ですよね。
ドキドキしながら巡の動きに合わせて顔を近づける。
一度目は軽く触れるだけ。
二度目は少し長く。
三度目に角度が変わって、たまらず巡の背中をぎゅうっと力強く抱きしめた。
「……っ、ん」
どちらからともなく舌を絡めに行って、そうなるともう無我夢中だった。
キスだけでこんなに気持ちいい。
こんなに幸せな気分になれる。
……が、男の身体というのは時にとても厄介だ。
つまりは、その、なんて言うか、勃った。
キスの最中に急にやばいと気が付いて、「ちょ、もう、終わり!」と離れようとする俺を簡単に離してくれるはずもなく。
「なんで?イヤですか?」
「そうじゃないけど……」
「じゃあもっかいしましょ」
「や、やだ」
腕の中で弱々しく反抗する俺をのぞきこんで、巡はふふっと笑った。
「亮平さん勃ってる」
「!さ、触んなって」
「恥ずかしいんですか?大丈夫ですよ、ほら。俺も」
そう言って手のひらをあてられて、思わず「うわ」と声が出た。
「その反応はちょっと悲しいですけど」
「だ、だってお前……」
「なに?」
「俺に興奮してんの……?」
純粋に疑問に思ったからそう聞いたのに、巡はびっくりしたような顔をして、デカい溜め息をついた。
「今さら何を言ってるんですか。さては煽ってるんです?こっちは紳士的にいこうと思ってるのに……」
「いや意味分かんねえけど」
俺の肩に頭をぐるぐる擦りつけていた巡は、そのまま首筋にキスをしながら、言った。
「直接触ってもいいですか?」
◆
「ん、……っ。は、あ、あ」
「亮平さん気持ちいい?」
「……っあ、は、離して…も、出るから!」
「出していいですよ」
巡の手の動きが大きく速くなって、あっという間に達してしまった。されてばかりは分が悪いと思って、俺もたどたどしく巡のものを触った。
二人でぎゅっとしながら息を整える間も、吐き出した気だるさより奥の疼きが気になって仕方がない。
気持ちいい、けど、足りない。
巡の胸にぎゅうっと顔を埋める。
よしよしと優しく髪を撫でる巡に、拗ねた子供のように問いかけた。
「なあ」
「ん?」
「………しないの?」
ぴた、と髪を撫でる手が止まって、少し間があいて巡は返事をした。
「今日は何も準備してないんでダメです。亮平さんのこと大事にしたいから」
「………」
もそもそとヘッドボードにつけられた小さな引き出しを開ける。
新品のゴムとローションを巡の方へ放り投げて、また胸に埋まった。
「………それ、使えば」
「…………」
返事が聞こえなくて不安になった。
こんなの自分で用意してたなんて、引いたかな?
でもいつかはいるだろうし。それかやっぱ俺とそういうことするの迷ってんのかな?
でも巡の方から触りたいって言ったし。でも……。
「亮平さん」
強めの声で呼ばれてドキドキしながら埋めていた顔を上げる。
巡は今まで見たことないような顔をしていた。
男らしい、ギラギラしたような……。
すごくかっこいい顔。
「やっぱりイヤだって言っても止めませんからね?それでもいいですか?」
本当、どこまでも紳士で優しいやつ。
でもそれが逆にじれったくて、首に巻き付いて懇願した。
「いいから。……早く」
◆
「亮平さんネクタイは?!忘れてないですか?」
「忘れてねーけど結べなかったんだよ……」
「ホテルついたら結んであげますからほら早く乗って!子供じゃないんだから!」
「も~~やだー~~」
結局、昨晩は体を繋げたあと二人とも朝まで眠ってしまい、一旦家へ戻った巡は俺が新年会をドタキャンしないようにわざわざまた俺の家まで迎えに来てくれたのだった。
そもそも泊まるつもりなかったんですよ!と弁解する巡に、あんなにしたくせに?と冗談で言ったらじとっと睨まれた。
こういうところはとても可愛らしい。ついからかいたくなるんだよな。
新年会は気が重いけど、普段なら見られないような服を着ている巡を見れるのはとても良い。
細身の黒のスーツに、深いグリーンのネクタイがよく似合っていて、思わず見惚れてしまう。
タクシーの後部座席に沈み込んだとき、ふと昨日の情事を思い出してしまいそうになって慌てて打ち消した。
「今日のって社員さんも来られるんですか?事務の方とか」
「うん。みんな来るよ」
「いいですね、こういうの」
「よくねーよ面倒くせえ……」
「相変わらずですねえ」
ホテルのロビーのすみっこ。
くすくす笑われながら年下の後輩にネクタイを結んでもらう俺……って、これよく考えたらすげーかっこ悪いな。
来年はちゃんと自分で結ぼうと決意しつつ、今はされるがままだ。
「よし、出来た。いいネクタイですね」
ぽんと結び目を優しくたたいたのを合図に、無事に出来上がったらしいネクタイを窓ガラスに映った自分で確認する。
「ありがと。これ亜子さんにもらったんだよ」
「へえ!あの人にしてはセンスいいですね」
「……あのさ」
辺りを見回して、聞いている人がいないか一応確認する。
「亜子さんに言ってもいい?俺らのこと」
綺麗な目をぱちくりさせて、きょとんとしている巡にお伺いをたてた。
「いやあの、絶対イヤっていうんだったら言わないけど、なんつうか……」
「亮平さんは言っておきたいんですか?」
「うん」
「それは仕事上何かあるといけないからとかそういう?」
「ん?いや、仕事のことは関係なくて……」
出窓になっているへりに浅く腰かけて、イルミネーションが光る街を見下ろす。
「俺さ、小さい頃はそうでもなかったんだけど、中高生のときはけっこう問題児だったんだよ。マネージャーも事務所の中ではわりと変わってる方だし。合わなくて辞めてった人もいる。俺のせいじゃないって周りは言ってくれたけど、責任感じないわけないし……。でも亜子さんはわりと続いてる方だし、これからも一緒にやってこうって話もしてる。まあ仕事ができるかできないかって言ったらちょっとうーんって所もあるけどそこはお互い様だし、なんて言うか……。俺はあなたを信頼してるよってことを伝えたいんだよね。こっちからはなるべく心ひらけておきたいっていうか」
俺が倒れたとき、真っ青な顔をしてごめんと言いながら泣いてくれたことに、俺はけっこう救われていた。こんな俺に、そんな顔をしてくれる人がいるんだと少し嬉しかったくらいだ。
2人ともまだ成長途中だからこそ目指せるものがあるのかもしれないし、目指したいと思う。
もうこの仕事を初めてずいぶん経つけど、毎年飽きずに“二人三脚で頑張ろう”と言ってくれるのは亜子さんだけだから。
「……いいですよ、亮平さんがそうしたいなら。でも口外しないことが絶対条件です。大丈夫ですか?女性は噂好きですけど」
冷静に、確認するようにゆっくりと巡は言った。
「もちろん。そのへんは大丈夫だと思う。多分」
「多分じゃ困るんですが……」
「分かってるって。話す前にちゃんと見極めるからさ」
「そうしてください。あと俺は遠藤さんに言うつもりないですけど……」
「あ~…。まあ、あの人ならそのうち勝手に気付くだろうからいいんじゃね?」
「それはそれで怖いですね」
固くなっていた巡の表情が和らぐ。
その顔を見て少しほっとした。
自分だけの問題じゃないから、嫌だと言われたらそれに従おうと思っていた。
でも、ちゃんと俺の意見を聞いて尊重してくれる巡は本当に優しい。
「というか……」
「え?」
巡が肩をすくめて何かをはぐらかすように笑う。
首をかしげると、巡は少しはにかみながら呟いた。
「俺、今はじめて絹本さんに嫉妬しました」
「は?なんで?」
「内緒です」
◆
「亜子さん、ちょっといい?」
「ふぁっ!ほーへー!ひょっほはっへへ」
「なんてぇ?」
むぐむぐとローストビーフを口に詰め込んでいる亜子さんが手元にあったシャンパンでそれを流しこむ。
「あぁ、ごめんごめん!なに?ていうかこのローストビーフ超おいしいんだけど!やっぱいいホテルはご飯も違うね!」
「はいはい、メシの話はいいからちょっと外で」
「外?なに?」
「ちょっとね」
なによ~内緒話?とぶつぶつ言いながらついて来た亜子さんと、宴会場の一つ上の展望デッキへ出る。
「く~~~!寒っ!!わ!でもすっごく綺麗!見て見て!」
「見てる見てる」
東京の夜景を一望できるロケーションに無邪気にはしゃぐ亜子さんを見て、急に怖気づいた。
巡との仲を報告するってことは、亜子さんにも秘密を持たせるということで、それってすごく自分勝手なことなんじゃないか?
知らないなら知らないで何も感じず過ごせるなら、その方がいいんじゃないかな……。
「……で、なに?」
さっきまではしゃいでいたくせに、急にトーンを落とさないで欲しい。真面目な空気は苦手だ。
人に自分のことを話すということも、昔から苦手だった。そういえば、依伊汰とのイザコザを久しぶりに話したのもこの人だったな。
「あのさ……。今から言うこと、絶対誰にも言わないでほしいんだけど、聞いてくれる?誰にもっていうのはつまりその……事務所のほかの人とか、家族とか、友達とかも含めて誰にも」
「……内容によるかな。悪い話?」
ほんの少し眉をひそめて、警戒しているのが見てとれた。
「うーん、俺にとってはすごく良い話」
「なんだ良かった。じゃあ聞く」
「誰にも言わない?」
「信頼ないのね。誰にも言わないよ」
「……ていうか亜子さんに聞かせていいものなんか迷ってきた……」
「はあ~!?ここまで連れて来てなに言ってんのよ!いいよ、聞く聞く」
頭をガシガシかいていると、寒いんだから早く!と急かされた。
確かに。俺もめちゃくちゃ寒いです。
「あのさ……。俺、恋人が出来た」
「えっ!!!!……ホントに?」
「ホントに」
「ええ~~…。そっか…」
う~んと何かを考え込んで、でもすぐに顔を上げて亜子さんは言った。
「マネージャーとして言うなら、“知名度上がって来た頃だし、スキャンダルはご法度。バレないように気を付けてね”って感じかな!」
「マネージャーじゃないところでは?」
「相手の子の写真見たい!どこで出会ってどう仲良くなってどう付き合ったのか超聞きたい!!私も知ってる子?女優さん??」
矢継ぎ早の質問に一瞬ぽかんとしたあと、まるでマネージャーとは思えない内容がツボに入って笑いが込み上げてきた。
「あははは!俺、亜子さんのそういうとこ良いと思うよ」
「なによバカにして!で、で、どんな子なの??」
「……亜子さんも知ってる人だよ」
「え!!誰だれ?この前の学園ドラマで共演した中にいる?あっ!待って待って当てたい!えーとねぇ…亮平が好きそうなのは……」
「多分そのクイズ一生当たんないから言っていい?」
「えー!つまんないの!まあいいや。で、誰?」
「巡」
「……………は?」
大きな目をさらに大きくさせて、固まってしまった亜子さんい追い打ちをかける。
「神生巡くんです」
「……は。へえ……。そう……あ、だから言うなってことね…。ていうかそっか……なんていうか……えー……」
やっぱそういう反応だよな。
覚悟していたけど、実際引かれるとちょっとショックだな。
居た堪れなくなって、わざと明るく謝った。
「ごめんごめん!引いた?」
「え?引く?何で?」
「いやその……男同士だし」
「何言ってんの、亮平が選んだ人なんだから相手が男の子でも引かないわよ」
「だって今の反応……」
「あー…。これはね、違うの。えーとね…う~ん……。言うつもりなかったんだけど、亮平話してくれたし、私も話すね」
「??」
自分のほおをぐるぐるとこねながら、亜子さんはとても言いづらそうにぽつりとつぶやいた。
「……私もね、彼ができたの」
「えっ!!!マジ!!あっ、前から言ってたあのちょっとキツイ男?!」
「キツ……そうそう、その人。付き合って……るんだと思う多分」
「は?多分って??」
「いやなんか……全っ然!態度が変わらないの!今までとおんなじ!キツいし!厳しいし!甘えるとか、この人に対してどうやればいいんだろう的な!!的な!!!分かる!?!?!」
「お、落ち着いて……」
一気にボルテージが上がった亜子さんをどうどうとジェスチャーしてなだめる。
この人は本当に百面相だな。
「はあ……。ごめん取り乱した。で、その人、亮平も知ってる人なの」
「えっ!!誰誰?!スタッフさん?!講和社の人?!ドラマのADさんとか?!えー待って!亜子さんが好きそうなのは……」
「そのクイズ多分一生当たんないと思うから言うけどさ」
「え~なんだよ!まあいいや、誰だれ?!」
急かすように問いかけると、亜子さんは深いため息をひとつついて、なぜだか苦い顔のまま名前を言った。
「………………遠藤さん」
「…………………ま、」
マジでえええ!!!!!と叫んだ俺の声が聞こえたかどうかは知らないけど、展望台の入口から「おーい、亮平!」と名前を呼ばれて振り返ると、そこにいたのは遠藤さんだった。
「社長が呼んでるから降りてこーい」
「あ、はーい!」
「やば!」
なぜか二人してビクッとして、夜景に背を向けて遠藤さんがいる方へ歩きだす。
「亜子さん案外物好きなんだね」
亜子さんの腕を肘で小突いてちょっとからかうふうに言ってやると、頬を膨らませて不機嫌そうな顔になった。
しかし、何度か話に出てたあの“キツイ男”がまさか遠藤さんとは……。
今までの会話の中身を思い返して、ついニヤニヤしてしまう。
「ちょっと何ニヤニヤしてんのよ!ていうか亮平の方が心配よあんた巡君と会話のレベル合うわけ?」
「はー!?なんだよそれ!ていうか亜子さんだって同じじゃん!」
「私は大丈夫よ対等に話してるもん!!」
「あ!遠藤さん、亜子ちゃんが甘えたいからもっと優しくしろって!」
「!!!りょーへー!!!!!!」
赤い顔をして叫ぶ亜子さんを放っておいて、俺はなぜか上機嫌で宴会場へ舞い戻った。
2人がどんな会話をするのかちょっと聞いてみたい気もして、そんなパパラッチみたいな気分になったのは初めてだ。
「亮平さん、どうでした?」
「あ、巡!ちょうどいいところに!」
「え?」
「あ。でもこの場合俺も誰にも言っちゃダメなのか……」
「なにブツブツ言ってるんです?絹本さんどうでした?」
「あぁ、うんそっちは大丈夫。なあ今度マネージャー込みで4人でメシ行こうぜ!悪いちょっと三輪さん呼ばれてっからあとでな!」
「はい?ちょ、亮平さん!」
巡の肩を無造作に叩いて、ぽかんとする巡に笑って手を振った。
何だかとても気分が晴れやかだ。
「お~亮平!まあ飲んで飲んで。ジュースだけど」
「ありがとうございます。俺も今年はいよいよ成人っすよ」
「もうそんななるか~感慨深いなぁ」
そう言いつつ社長が渡してくれたノンアルコールカクテル(※1)で乾杯して、ぐいっと喉を潤す。
「ん、これうま!」
「亮平絶対それ好きだと思って持ってきといたんだわ」
「三輪さんさすがですね!めっちゃ美味いですありがとうございます」
すっきりした味わいが、今の晴れやかな気分と相まって何倍も美味しく感じられる。ごくごくと飲み干して、今年はマジでがんばりますから!と社長に高らかに宣言した。
みんな幸せであればいい。
そう願ったのも、人生で初めてかもしれない。
LEMON&PEPPER. 完
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