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4. Your Pleasure 2
「おかえりなさいませ」
黒い御影石のカウンターでコンシェルジュのきれいなお姉さんがにこやかに微笑んでくれる。頭を下げながらその横を通り抜けて、二つ目の扉の前でカードキーを翳してエレベーターホールへと進んでいく。
もう一度カードキーを使ってエレベーターに乗り込めば、もう何も押さなくても目的の最上階へと辿り着く。このエレベーターは、自分の住む階にしか止まらない仕組みになっているんだという。
つまりこのマンションの住人は、自分の部屋へ行くまでにカードキーを三回も使わなければならない。
ここまで厳重だと、安心を通り越して恐ろしく感じられる。セキュリティが万全過ぎて、部外者で庶民の俺は足を踏み入れる度に後ろから撃たれそうな気がするんだ。
エレベーターホールから出てすぐの部屋が、李一くんの住むところだ。二十五階の広々とした3LDK。
李一くんが一人でここに住む理由を、俺は知らない。怖くて訊けないというのもあるけど、複雑な事情が絡んでいるんだろうし、あえてそこに触れるわけにはいかないと思ってる。
李一くんに続いて俺はおどおどしながら部屋に入る。扉を閉めるとカチリとオートロックが掛かる音がした。振り返った李一くんが俺を真っ直ぐに見据える。
ああ、来た。
グッと胸ぐらを掴まれて顔が近づく。鼻先の距離で、李一くんは学校では絶対に見せない愉しそうな顔で、にたりと笑った。
「さあ。何して遊ぶ?」
何でもいいよ。どうぞお手柔らかに。
一体どうしてこうなっちゃったんだろう。
同じクラスになって俺を副委員長に指名してきたその日から、李一くんはなぜだかいろんなことを要求してきた。
もう少し髪型を何とかしろと言われたから、今まで行っていた近所の床屋さんじゃなく、生まれて初めて美容院に行って伸びっぱなしでボサボサだった髪をお洒落なカットにしてもらった。コンタクトにしろと言われて、眼鏡をやめた。猫背を直せと言われて、意識してるうちに随分背筋が伸びた。
そしてある日ここへ連れて来られた。そういう要求と同じ口調で僕は命令された。
『僕とセックスをしろ』
だから、俺は李一くんとセックスをした。
逆らうなんてとんでもなかったし、そもそもそんなことは考えもしなかった。
だって、李一くんの命令は俺にとって絶対だから。
そんなわけで、俺はこの二ヶ月、時々こうして放課後にこの部屋に来て、李一くんとセックスをしている。
だけど、何て言うか李一くんとするセックスは変わってる。いや、俺の初めては李一くんに捧げてしまったので、つまり俺は李一くんとしかセックスをしたことがなくて他の人がどうやってるのかも知らないんだけど、それでも多分変わってる、と思う。
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