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5. Stay with Me 10
週明けの月曜日。登校して教室に入ると、いつも早くから席に座ってる李一くんの姿が見当たらない。
他のクラスメイトに聞けば、朝一番に担任に呼ばれて社会科準備室に行ってしまったらしい。
なんせ、李一くんは学年トップの成績を修める委員長だ。先生たちからも頼りにされていて、授業の進行についての相談を受けることもあるみたいだから、今もきっとそんなところなのかもしれない。
一限目は日本史だ。いつもどおりに廊下側の前から二番目の席について授業の準備をしてると、廊下を走るパタパタとした足音が聞こえてきた。
「ミイくん、ミイくん!」
弾ける元気な声に顔を上げれば、アイドルみたいにキラキラしたオーラを振り撒くかわいい男の子が、廊下の窓から身を乗り出して俺の顔を覗き込んでた。
「な、七瀬くん?」
あの。ミイくんって、もしかして俺のことですか?
「この前はごめんね。俺、なんにも知らなくて」
申し訳なさそうに謝る七瀬くんに、俺は慌ててかぶりをふる。
「七瀬くんは悪くないよ。俺の方こそ、ごめんなさい。それに」
違うんだ、と俺は心の中で弁明する。クラスの皆に知られてしまったら大変なことになるから、口には出せないけれど。
そもそも李一くんと俺は、七瀬くんが考えてるような甘い関係じゃないんだ。あの日だって、起きたら朝勃ちしたあれの根本に変なリングが嵌ってて、なかなか取れなくてすごく大変だったし。しかもその後、ネット通販で購入したとかいうフリルの付いた男性用下着を履かされて、そのまま家に帰らされたんだよ? もし俺が彼氏だとしたら、李一くんは絶対にそんなことをしないよね。
「ねえねえ、今度皆で一緒に遊ぼうよ。カイくんも呼ぶから」
そう言って七瀬くんは嬉しそうに笑いかけてくる。うん、俺はいいんだけど、それってどういう遊びなのか訊いても大丈夫ですか?
「七瀬、おはよう」
ちょうど教室に戻ってきた李一くんが、優しい微笑みを浮かべて近づいてきた。極上の王子様スマイルだ。
俺にも時々は七瀬くんに向けるような笑顔を見せてくれたらいいのにな、なんて贅沢なことを思ってしまう。
「リイくん、おはよう。あのさ、今度」
「おい、七瀬」
後ろから遮るように投げ掛けられた低い声の主は、七瀬くんの彼氏だ。いや、実は彼氏じゃないんだっけ。
肩で風を切って廊下を足早に歩み寄ってくるその姿は、本当にカッコよくて素敵だ。でも表情は、なぜだかすごく険しい。
その手に持ってるのはスマートフォンで、こっちに向けられたその画面には、えっと、その、なんていうか卑猥な絵が画面いっぱいに写ってる。
「お前。さっき送ってきたこれ、何だよ」
「あ、それ! カイくんのおちんちん。俺が描いんだけどっ。めちゃくちゃうまくない?」
鉛筆画なんだけど、男性器が妙にリアルなタッチで描かれてて何だか芸術的だ。七瀬くんって、絵が得意なんだ。特技の使い道が微妙に無駄な気もするけど。
「ふざけるな、バカ」
「あっ、まだ話が途中なのに! わーん、またねっ」
ガッツリと腕を掴まれて引き摺られながら遠ざかっていく七瀬くんを見送ってから、俺は前に向き直って李一くんにそっと視線を投げ掛ける。今日も本当にかわいいなあと思ってたら、目が合った途端スッと逸らされてしまった。
「あの、李一くん、おはよう」
「……おはよう」
素っ気なくそう返して、李一くんは俺に背中を向ける。その耳がちょっと赤くなってるのは、目の錯覚かもしれないけれど。
かわいい李一くんと迎える朝がこれから少しずつ増えたらいいな、なんて思いながら、俺は華奢な背中を幸せいっぱいに見つめていた。
"Stay with Me" end
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