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6. the Way You Are - side K - 1

週末二日間に渡って行われる文化祭の最終日。 午後三時ともなると、どのクラスもすっかり片付けモードに入っている。 うちのクラスの出し物は、模擬店だった。教室でのカフェだ。客の入りは上々で、給仕に散々駆り出された俺にとっては全くもって気疲れした二日間でしかなかった。 いや、過去形で言ってはみたものの、まだメインイベントが終わっていない。けれど、俺としてはできることならばそれを見届けることなく帰りたくて仕方がないところだ。 机を元の配置になるよう整えながら、ふと昨日のことを思い出す。 李一が同じクラスの男子生徒を連れて、うちのカフェにふらりとやって来た。 この二人、最近よく一緒にいるところを見かける。 落ち着きのない様子で李一の向かい側に座ってコーラを頼んだそいつは、不審なほどにオドオドしているものの、他校の女子生徒からチヤホヤ持て囃されている李一と並んでも引け目を取らない程度には整った顔をしている。 どうやらそいつは、李一のクラスの副委員長らしい。 奇妙だと思う。そもそも誰かと行動を共にするタイプではない李一が、近頃はこの男を常に斜め後方に従えている。 それにしてもこんな同級生、一年の時にいただろうか。 そう思っていたところ、去年そいつと同じクラスだったという奴が、タイミングよく話題に上げているのを耳にした。 聞くところによると以前、この男子生徒は全く目立たず、いるのかいないのかもわからないぐらい存在感が薄かったのに、二年になってから劇的に垢抜けたらしい。 それには恐らく李一が絡んでいるんじゃないかと俺は睨んでいる。 ひょっとして──あの李一と、付き合ってるんじゃないだろうな。 いや、まさかな。 「カイくん、カイくーん!」 教室中に響くひときわ弾んだ声に、思考を遮断される。恐る恐る振り向けば、そこにはキラキラと華やかなオーラを放つ女子高生が立っていて、俺は我が目を疑う。 おい、ここは男子校じゃなかったか。 「カイくーん、好き!」 衆人環視の中、躊躇いもなくそんなことを口走って勢いよく飛びついてくる身体を慌てて抱きとめれば、ふわりと長い髪が鼻をくすぐる。 一瞬ドクリと大きく鳴った胸の音が聞こえないように、両手で薄い肩を掴んで引き離した。 緩やかなウェーブを描く髪は、誰が用意したのか知らないが質のいいウィッグに他ならない。白いブラウスの胸元にはえんじ色のリボン。ミニスカートは同系色のグレンチェックで、そこからスラリと伸びた無駄にきれいな両脚が眩しい。 「ねえねえ。どう? どう? おかしいかな?」 くるんと上を向いた、いつもより際立つ長い睫毛。くっきりとしたアイラインの下から俺を見つめるクリクリした瞳は、間違いなく見慣れたいつものそれだった。 「……どこからどう見ても、女子だな」 当たり障りのない答えを口にすると、パッと顔を輝かせる。なんでそんなに嬉しそうなんだ。 「わあ、本当? やった!」 くるりと後ろを振り返り、両手を上げて高らかに宣言する。 「みんなー! 俺、優勝目指すねっ」 おおお、と異様な熱気に包まれた教室で、これで人前に出る気満々な後ろ姿を見ながら俺はこっそり溜息をつく。 この期間限定女装男子の名を、七瀬という。

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