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interval : My Little Treasure 2
肩まで布団を掛けてやってから、階下に降りて脱衣所に入った。棚からフェイスタオルを取り出し、湯を張った洗面台に浸して硬く絞る。
部屋に戻り、布団を捲ってどちらのものともつかない体液でベタベタになった七瀬の身体を拭いていく。身体を動かしても死んだように眠っていて、全く起きる気配がない。
何度も体勢を変えてようやく全身を拭き終われば、七瀬は心なしかさっぱりとした表情をしているように見えた。
何か言いたげに薄く開いた唇は、今にも動き出しそうだ。
『カイくん、大好き』
そこから紡がれる、毎日何十回と聞く七瀬の口癖が不意に胸の中で蘇る。
『おい。お前、なんで俺のことが好きなんだよ』
一度だけ、何かの折になるべくさり気なく聞こえるように尋ねてみたことがある。
『理由なんて』
ない、と言うのかと思いきや、七瀬は俺をまっすぐに見つめて言葉を続けた。
『全部に決まってるよねっ。カイくんの全部が俺の好きな理由だもん』
向けられた屈託のない笑顔は、正視できないほどに眩しかった。思い出すと傷が膿んだように胸がずくずくと疼く。
七瀬が一体俺のどこが好きなのかを知りたい。
どうしてそんなことを思うのか、その理由はもうわかっている。なのにそれを口にすることができずに、抱え込んだまま中途半端な関係を続けてしまう。
「七瀬」
小さな声で名前を呼んでみるけれど、ぴくりとも動かない。実年齢よりも少し幼く見えるきれいな寝顔はあまりにも無防備で、無性に不安になる。
他の奴にはこんな七瀬を絶対に見せたくない。俺がそんなことを思う権利はないのに。
「……七瀬」
もう一度、今度は起きていないことを確かめるために名を呟く。ふわふわの癖っ毛を梳き、柔らかな頬を撫でて、親指で唇に触れればぷるんとした艶やかな感触が心地いい。
そっと覆い被さり、ゆっくりと顔を近づけていく。
「好きだ」
行くあてのない告白を囁いて口づける。唇を何度も啄ばむうちに、流れ込む吐息が熱く変化して、掠れた声が漏れてきた。
「ん……カイ、く……」
薄い肩が小さく身じろぐ。慌てて唇を離し、まだ目を閉じたままの七瀬に言い聞かせるように声を掛けた。
「寝てていいよ、七瀬」
俺の言葉にわずかに頷きながら、ぽつりと寝言を漏らす。
「好き……」
そう唱えた後の幸せそうな表情に、また胸の奥が痛みを覚える。
こうしてお前に追いかけられることが当たり前になってるけれど。実はそれに甘えてるだけなんだと言えば、お前はどんな顔をするんだろう。
──俺もだ、七瀬。
手を取って指を絡めながら、微かな声でそう囁く。
せめて夢の中だけでも、ちゃんとその想いに応えられるようにと願いながら。
もう一度、唇を重ねた。
"My Little Treasure" end
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