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第10話(最終話)

「養子に入ったんです。あの後、母がつきあってた人と入籍して、僕もついでに。義父のおかげで、卒認取れて、就職もしたんですけど、どうしても。」  彼とこうして肩を並べて酒が飲める日が来るとは思っていなかった。 「どうしても、果たしたい約束があったから。どうやったら、先生に堂々と会いに行けるかって、そればかり考えた結果がこれで。30過ぎて働きながら夜間の大学通って、教職取って。」蓮は死角になっているカウンター下で、そっと俺の左手を探る。俺だってこの20年、何もなかったわけでもないが、指輪で誓いあう相手には巡り合わなかった。その、一番の理由は……。 「結婚なら、してない。一度も。」蓮の顔をじっと見た。大人になった。良い面構えになった。この歳月は蓮にとってもそう悪い日々じゃなかったのだと思う。「俺にも、果たしたい約束があった。……待つって、言ったから。」  蓮は笑った。その屈託のない笑顔は、一気に20年を飛び越えた。「僕、出席番号、1番だったでしょ?」蓮は急に、脈絡のないことを言い出した。 「え? ああ、そうだな。アオヤマだったからな。」 「それが後ろのほうになったし、ヒは緋色の緋だから、母とは青から赤に変わっちゃったねって笑ってます。未だに慣れないんですよね、この苗字。」 「なるほど。」そう答えながら、あの時、蓮を振りまわして苦しめた"親"と、今ではそんな風に言い合える仲であることに安堵した。そして、あの時、その親から蓮を救ってやれなかった自分の悔いが、少しだけ、昇華される気もした。 「先生に、青山、って呼ばれるの、好きでした。」 「あの日は、蓮って呼んでほしかったって言ってたぞ。」 「そうですね。それも本当です。でも、毎朝、出席取る時、真っ先に僕が呼んでもらえるのも嬉しかった。」 「俺だって、卒業式で、おまえの名前を呼びたかったよ。」 「……やってくださいよ。今日、2人だけで。僕の、卒業式。」  20年越しの卒業式の会場は、俺の住む、しがないアパートの一室だ。今となっては中年の俺と、大の大人の蓮、2人が神妙な面持ちで向き合った。 「青山蓮。」 「はい。」 「卒業証書。本校所定の課程を修了したことを証する。」適当にそれらしい言葉を(そら)んじて、ありもしない証書を渡す"真似"をする。「……卒業、おめでとう。」 「ありがとうございます。」蓮は恭しくそれを受け取る"振り"をした。  俺は、蓮の差し出した手をつかみ、抱き寄せる。  それから、卒業証書の代わりに、キスをした。

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