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第3話 「レイヴィンと智」

 幻だった彼は、俺が名前を呼ぶと、逃げるように離れていってしまった。  一瞬見てくれたと思った彼は、俺なんか眼中にないといった感じで、俺の横を駆け抜けていった。俺は行って欲しくなくて必死になって手を伸ばし、追いかけるが、追い付けずにしゃがみこんでしまった。  なぜ行って欲しくないのか、自分でもその感情が分からなかったが、溢れる涙にかなしいんだと、ということは分かった。  此処が何処だかも分からず、どうすれば戻れるのかも分からず、更に悲しいという感情もプラスされ、動くことが出来なくなってしまっていた。  辺りはまだ暗く、小さな街灯のみが唯一の光だった。小さな光を頼りに回りを見渡すが、人が一人も見当たらない。そのことに更に小さくなって、止まる気配を見せない涙を流し続けた。 「リエ…いや、智。」  はっきりと聞こえた自分の名前に、素早く反応を見せた。…いや、名前に反応したのだろうか。俺の名前を呼ぶその声は、夢で聞き、先程も聞いたよく笑う彼の声のようだったのだ。  その声に、そろりと顔を上げると、綺麗な金糸の髪だった。彼だと分かると、涙が止まるかと思いきや、更に溢れ、一生分の涙が流れたのではないかと思った。  彼は、泣き続ける俺を強く抱き締めた。その暖かさと懐かしいと感じる匂いに涙は止まらず、すがる様に抱き着いた。 「ヴィン、ヴィン…ッ!」  子供のように泣きつき、彼が逃げぬ様、何度も名前を呼び続けた。  いつの間にか眠ってしまっていたらしく、明るさを感じ、眩しいと目を細めた。すると、白い布を掴んでいたらしく、手の中の物を見つめる。  なんだこれ?と首を傾げていると、上からクスクスと小さく笑う声が聞こえた。それに顔を上げると、最初に金の髪が、次に金の瞳が目に入った。それに魅入ってしまった。 「…智、大丈夫?」  そんな俺に小さく苦笑を零しながら、そう問い掛ける彼は、夢で見たよく笑う彼だった。 「お前…ヴィン?」  彼だと分かっているものの、小さく確認するように名前を呼び掛ける。すると、ヴィンは小さく笑って、頷いて見せた。 「俺はヴィン…レイヴィンだよ。君は、智…だよね。」 「嗚呼。でも、なんで知ってるんだ?」  俺がヴィン…レイヴィンのこと分かる理由は、夢のせいだとは分かっているが、それのことも聞きたいと思っていた。  彼に話し掛けていたのは、リエンという穏やかな声の彼だった。彼は誰、なんだろう?と内心呟く。 「…それは。ずっと、前からし、知ってて、それで…。」  彼は困った様に見つめ、どうも答えにくそうな彼に、「…大丈夫。答えにくいなら、別にいいよ。」とサラリと流して見せた。 「…ありがとう。」  レイヴィンはホッとした様に笑ってみせ、小さく呟く様に礼を言った。そんな彼の表情に、少し安心を感じた気がした。 ーーー 「また、会ってしまったのか。あれは…レイヴィンに良くなかったが、こっちはどうだか。」  レイヴィンにステインと呼ばれていた彼は、レイヴィンが智を探すのに使っていた水の張った甕の様な物を、同じように覗き込んで呟いた。  水面に浮かび上がったレイヴィンと智の様子を見つめる。レイヴィン同じ金の瞳と金の髪…ひとつ違う点は、長い金の髪を後ろで後ろでひとつに結っているところだ。  ステインは顔にかかる長い髪を指先でくるくると遊ばせながら、少し悲しげに二人をじっと見つめていた。

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