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第5話
何故ここに、とか、1週間どうしてたんですか、とかよりも先に今は11月下旬・・・秋といっても冬に近い秋だ。
「な、なんて恰好で外にいるんだよ、あんたは!!」
あまりにも寒そうな格好に口調が崩れるどころか、素で話してしまっている、なんてことにも気が付かなかった。フワフワとした笑顔は変わらないが、唇は少し血色が薄い。自分のつけていたマフラーを巻いてやり、先程出てきた従業員専用ドアを開け、手を掴むと強引に中へ入れる。
「風邪ひいたらどうするんですか・・・って聞いてますか、ファオロ様。」
「・・・さっきのが良い。」
「はい?」
「俺には敬語、使わないでほしい。・・・レイイチには名前も呼び捨てにしてほしいんだ。」
唐突な彼の言葉に固まっていると、何故か抱き締められた。
「・・・嫌、かな?」
・・・まただ、と思った。明らかに違う、バリトンの声音・・・先ほどは電話越しだったが、今は耳元で直接だ。治まっていたはずの熱がまたしても頬に戻った。
通話中のままになっていたケータイも、それに気を取られ、手から滑り落ちる。ケータイが落ちた音を聞き、我に返った。彼の胸を強く押し、離れた際に表情を窺った。すると、傷ついたというような表情で思わず、彼の頬に手を伸ばしてしまった。
「・・・レイイチは優しいけど、ひどいね。」
手を引っ込めようとするも、掴まれてしまったまま、彼の言葉を聞いた。咄嗟に判断が出来ず、彼を見つめると、彼は俺を見たまま、手の甲に口付けを落とした。
・・・目の前の出来事が頭で処理できなかった。手に残る冷たい唇の感触・・・別に手じゃないか、とも思ったが、意識せずにはいられなかった。その手は口づけされたところから凍ってしまっているんじゃないかと思うほど、先ほどまでの熱がなくなってしまっていた。
彼はそのあと、「急に来てごめんね、今日は帰るよ。」と寒そうに身を震わせながらきちんと俺のマフラーを身に着けて帰って行った。
「・・・なんだったんだよ。」
それしか言葉に出来なかった・・・。彼が去ってから、俺はその場に座り込み、すぐさま立てそうになかった。ようやく気持ちも落ち着き、冷たく凍ったかの様な手に熱が戻った頃に慌てて家へと帰った。
何も考えたくなかった。別に愛の告白をされた訳でもないのにそれ以上に強烈な何かが彼から与えられた気がした。いきなりの抱擁であったり、手の甲への口づけであったり、その行動は俺を掻き乱すには十分なほどであった。・・・そして、あの声だ。ファオロ様は俺を女と勘違いしているのはないだろうか・・・。
一度、話してみようと思い、気合を入れなおしてはシャワーで体をスッキリさせ、その日は寝ることに決めた。
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