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第1話
しん、と静まった教室内に悩ましい吐息と水音が響く。薄暗い室内のなか、机の間に隠れる青年は、ズボンのチャックをくつろげ、自身のモノを慰めていた。
青年の周りには、お菓子の包み紙が数枚、ちらばっている。
「……ぁっ」
青年は、あまりの快感に我慢していた声がもれてしまった。首をふり、快感を逃がそうとするが、自身の髪の毛が頬をかすめるその刺激にさえ、感じてしまう。
「……ふっ、んぁあっ!」
かしゃん、とかけていたメガネが床へと落ちる。その音を引きがねに、眉をゆがませ下唇を噛みしめるながら青年は達した。
「…………さいあくだ」
しばし、呆然としながらポツリと呟いた。
青年は、ゆっくりと自分のスクールバッグに目を向ける。そこにはカバンのチャックが閉められないほど、たくさんの可愛いくラッピングされたお菓子が入っていた。
今日は二月十四日、バレンタインデー。女の子が男の子にチョコレートを渡す日。幸せな一日のはずだが、青年は重い息を吐き出す。
「さいあくだ」
青年……甘木黎人は、今日という日が嫌いだった。
散らばった包み紙を拾い上げ、くしゃりと握りつぶす。ふわり、と甘いカカオの香りを感じ、急いでカバンの中へとしまいこんだ。
甘木にとってチョコレートは何よりも強力な“媚薬”だ。それを配るこの日が、忌々しくてしかたがない。
(学校ではなるべく、チョコレートを食べないようにしていたが、アイツのせいで……)
こうなった原因の顔を思い出し、大きく舌打ちしながら立ち上がった。
その瞬間、ピピ……と電子音が鳴り響く。
「…………っ、誰だ!」
反射的に、音のした方へと顔を向けると教室の入り口に立っていた人物に、甘木は顔を青くさせた。
「ねぇ、スッキリした? 甘木」
「…………鮫島」
スマートフォンのカメラをこちらに向けて、鮫島隼人はニヒルに笑う。
それは、甘木が先ほど思い浮かべた表情と一致していた。
「優秀で品行方正と名高い甘木黎人くんが、放課後、誰もいない教室で自慰にふけっていたなんて…………みんなが知ったらどう思うだろう?」
鮫島は、甘木にみせつけるかのように、スマートフォンを振ってみせた。
そこにあるであろうものを思い浮かべた甘木は、カァッと体があつくなる。
「やめろ、何か撮っていたなら今すぐ消せ」
「それは無理、かな」
クスクスとおかしそうに笑う鮫島に、スマートフォンを奪い取ろうと甘木は近寄ったが、その途中でつまずいてしまった。
「……お、っと」
体が暖かいものに包まれる。甘くとろけるような香りが甘木の脳を刺激した。
どくり、どくり、と心臓の鼓動がはやまる。この症状は、チョコレートを食べた時とよく似ていた。
「せっかちだね、君は」
意地悪げに耳もとでささやかれ、甘木の腰に回された腕が強くなった。
甘木の腰と鮫島の腰が密着すると、少しだけ反応している甘木のモノと鮫島のモノが布越しに触れ合う。
「あっ…………」
穿つように、つよく腰をうごかされる。モノが触れ合う感触が伝わり、甘木は声をもらしてはビクリと体をふるわせた。
「…………甘木、バラされたくない?」
「とうぜん、ぁっ!」
答えようとして、はばむように腰を動かされ、お尻をぎゅっとわし掴まれる。
「バラされたくなかったら、かわいくお願いして?」
「なっ……かわいく、だと」
信じられない要求に、甘木は目を見張った。
身長がちいさいわけでも、顔立ちが中世的なわけでもない男にむかって“可愛くお願い”だなんてムリに決まっている。
「バラされたくないでしょう?」
にっこりと笑ってそう言った鮫島に、甘木はグッと押し黙った。固く握りしめた手を鮫島の背中に回して自分の顔が見えないよう鮫島の胸にうずめる。
「やめて、それだけは……」
「お願いします、は?」
「……お願いします。それだけは……やめて、ください」
言い切ってやったと甘木は、顔をあげる。甘木の瞳には、ニコリと不気味なくらいに笑う鮫島がうつっていた。
「甘木」
「なんだよ、いい加減放せよ」
腰に回っている手をはがそうと引っ張ったり、つねったりするがビクともしない。
「おい、鮫島……っ」
影がさす。
鮫島の顔が傾きながら、近づいてくるのがみえた。スローモーションのようにゆっくりとした動きなのに、甘木は何故か動けずにいた。
小鳥のさえずりのような爽やかなキスがおとされる。
一旦、離れたかと思うと再び唇が近づいて、今度は深く繋がった。舌と舌が絡みあい、吸われ、歯の裏側をなぞられたと思ったら、また舌が絡め取られる。
「ん……ふぅ……」
酸素を求めて、息を吸おうとすると声が口から漏れ出す。朦朧とする意識の中、甘木は口の中に爽やかな味がひろがっていくのがわかった。
(…………ミント)
「……チョコの味がするね」
鮫島の言葉に、甘木はハッと我にかえった。目の前の胸を思いっきり押し、鮫島から数歩離れると甘木は、感触がのこる唇を何度もぬぐった。
「どういう、つもりだ」
「どういうつもりもないけど、しいて言えば……」
スッと細められた目に見つめられ、ドクリと心臓が強く鼓動をうった。
「君が欲しい」
「は、はぁ!?」
「僕は、君が欲しいんだ」
そう言って笑う鮫島の後ろでは、窓から一番星が輝いているのがみえた。
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