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第84話
俺には苦笑い程度の出来事なんだけど、あきくんにとっては笑って許せる範囲を超えてたみたいだ。
家の中に引きずり込まれ、あっという間に靴を脱がされて、ひょいと体が浮いたかと思えば、下ろされたのはバスルームの脱衣所で。
躊躇なく俺の服を全部脱がせると、自分もすっぽんぽんになって、浴室に入るやいなや、
「痛いかもしれないけど、ちょっとだけ我慢してね」
あきくんは、俺の首筋にシャワーをブワーッと浴びせた。
ちょっと滲みるけど、我慢できないほどじゃない。
シャワーが止まってホッと息を吐くと、今度はしゅこしゅこ、泡のボディーソープを手に取って、再び首筋を洗い出す。
……うん。
そうだよね。
俺の首に、他の男の嚙み痕が付いてるんだもん。
いやだよね、そんなの。
俺だって、あきくんに他の誰かの所有印が付いてたら、悔しいし、悲しい。
「……ごめんね、あきくん」
しゅん、としながら謝ると、鞍馬の噛み痕をゴシゴシしてたあきくんは、今にも泣き出しそうな笑顔で首を横に振ってくれた。
「ううん、十碧が悪いんじゃない。ただ、十碧の体に笹谷の唾液が付いてるかと思うと無性に腹が立って」
はは…、唾液………
なんか、マニアックな怒り方すんだな、あきくん…。
「でもね、十碧。何度も言ってるように、十碧は自分で思ってる何万倍も可愛いんだから。無防備禁止。自覚して、もっと周囲に気を配って、僕以外の男の前では気を弛めない」
「う、……うぅーん…」
多分、周りの男は俺のこと、そんな目で見てないと思うんだけどな…。
世の中、ゲイやバイばっかじゃないし。そうならもっと、偏見の無い住み良い世の中だろうし。
ほら、鞍馬は元カレだからさ。…だから余計に気を許しちゃいけなかったんだろうけど。
だけどあきくんは、そんな中途半端な俺の返答にご立腹な様子。
「十碧、返事は?」
「…はい。善処します」
「善処じゃなく、改めて下さい」
「う、……はい。改めます」
「よし」
シャワーで泡を洗い流すと、あきくんは腕の中に俺の体を包み込んだ。
大切で堪らない──って、言外に伝わってくる抱擁に、なんでか泣きそうになる。
俺も想いを返すように、ぎゅって強く抱きしめた。
「痛いね。擦り過ぎちゃった。ごめんね」
首筋に──きっと噛み痕の上に、柔らかな唇が押し付けられる。
「ううん。平気」
ズキズキするのは噛まれた所為で、あきくんが擦ったからじゃない。
それに、これは俺が油断してた所為で付けられた傷だから。
だから、平気───なんだけどね……、だけどね、あきくん!?
好きな男にお互いまっ裸状態で抱き締められて、首にチュッチュッ、なんてされてたらさ!?
そっちの方が平気じゃないってーの!
体が疼きまくっちゃうっつーの!
主に下半身がな!!
処女ネコDKの性欲ナメんなよ!!
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