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第1話

どこか遠くで、聞き覚えのある不快な音が聞こえる。昨夜セットした目覚ましのアラームだ。 試験休みが終わり、今日からようやく部活の朝練がはじまる。久しぶりのバスケだ。 進学校のバスケ部で、部活よりも勉学を優先させなければならない状況だがチームワークは悪くない。このままの調子で行けば、来週の練習試合にはもしかしたら勝てるかもしれなかった。 そのための朝練であり、また、三年生が抜けた今、引っ張っていくのは哉太を中心とした二年生であるため、遅刻する訳にはいかない。 しかし、どうにも眠気には勝てず、モゾモゾと眠気と戦っていると、 「うるせーな、、、」 と、耳元でさらに聞き慣れた声がした。 幼馴染の千尋だ。千尋は朝が弱い。相変わらず不機嫌だなと思うと、はっとそこで覚醒する。 哉太はその大きな瞳を開き、目の前にいる男、同じベッドでさも当然のように寝ている滝沢千尋を見つけると、言葉をかけるよりも何よりも先に足を振り上げ、千尋をベッドの下へ蹴り落とした。 「……いってーな、」 頭をさすりながら千尋が声を荒げる。その気だるげな佇まいはやけに扇情的だった。 しかし、そんなものは見慣れている哉太は意にも介さず千尋に怒鳴りつけた。 「千尋、なんでお前がここにいる」 「なんでって、いつも一緒に寝てるだろ」 「ベッドに潜り込むなっていつも言ってんだろ。寝るなら床で寝ろ。くっついて寝るな」 「固いし、寒いだろ」 「知るか、ボケ。嫌なら自分チで寝ろ、ここに来るな」 千尋と一緒に蹴り落とされていた目覚まし時計を拾いあげ、机の上に置く。今から自転車を飛ばせば余裕である時間であることを確認すると、部屋の隅にかかっていたシャツを羽織る。当たり前のようにハンガーにかかっている制服のブレザーも、昨夜片付けた記憶はないからおそらく千尋がやったんだろう、マメな奴だなと思いながら袖を通した。 だが、礼は言わない。かわりに、寂しがり屋の千尋と一緒に寝てやっているからだ。 「俺、もう家出るから鍵かけといて」 「朝練?」 「そ。体なまったし、来週試合だしな」 「だと思って、昨日オニギリ作っといた。持ってけよ。どうせ食ってる時間ないんだろ」 「、、、うめ?」 「うめ。ほぐしたやつ。昼飯はあとでクラスに持ってく」 「今から作るなら卵焼き甘くして。あと、トマト入れて」 ネクタイを軽くしめ、着替えやらなんやら詰め込まれたリュックを背負う。 言うことはすべて言った、忘れ物はない。頭の中でざっと確認し、部屋のドアノブに手をかけると、その手元が急に暗くなった。 「カナ、忘れてるものあるだろ」 千尋の手が哉太のリュック越しに伸びて来て、ドアノブに触れた哉太の手に重なる。千尋に密着され、その瞬間、通学用のカバンをリュックにしたのは正解だったと思った。リュックじゃなければ、さらに千尋との距離が近くなる。 「行ってきますのチュー。して? カナ」 苦虫を潰したような表情を浮かべながら、振り向く。大した身長差はないが、並べば少しだけ千尋の方がデカい。少しだけ踵を浮かし、仕方なく唇を寄せて、軽く触れるだけのキスをした。 これでいいだろと言うように見つめると、千尋が舌舐めずりをし、一言ボソリと呟いた。 「足りない」 その瞬間、哉太は勢いよくドアに押し付けられ、無理矢理上をむかされると、文字通りかぶりつくように唇を奪われた。乱暴に入ってくる舌が歯列を蹂躙する。 「……ふぁ……ッ」 重なった唇の端から吐息が溢れる。 息をすることも忘れそうになる激しいキスにだんだんとのめり込み、気がついた時には強請るように舌を絡めていた。 「カナ、ごめん。朝練遅れる」 身体の芯に熱がこもりそうになる頃、千尋は本当に申し訳なさそうに唇を離した。 自分の置かれた状況をようやく理解し、哉太は顔を赤くする。 「朝から盛るな。遅刻したらお前のせいだからな」 「でもさ、俺が一番好きだからキスしたんだろ。教えたよな、チューは自分が一番好きな人としなきゃいけないんだって」 「うるさい、ムカつく、最低、バカ。お前だってこの間できたばっかの彼女とでもすれば良いじゃん。なんだっけ、奈々ちゃん?美希ちゃん?」 「奈々も美希も前の彼女。今は、小春ちゃん。ま、昨日別れたけどな」 「またかよ、ほんと続かないな。その来るもの拒まず去る者追わずの精神いい加減にしろよ。いつか刺されるぞ」 「まぁ、しばらくは誰とも付き合わないよ。たぶんな」 ちゃっかりとおにぎりを持たされて玄関の外に追い出される。誰の家だよと思いながらも、朝練の時間を思い出し、自転車を飛ばした。

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