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第2話

哉太が千尋とキスをするようになったのは、中学三年の頃のことだった。 同じマンションの、同じフロアに住む千尋は、幼い頃からお互いの家を行き来する仲で、また互いの両親が留守がちというところも相まって常に一緒に行動するようになっていた。 家族旅行に行く時も、どちらかの親がいなければ一緒に行ったし、ご飯だってどちらかの家で食べることが常だった。 そんな生活ではあったが、中学三年生の夏頃、この頃哉太の両親はかなりの頻度で海外に行くようになっていた。今思えば、海外赴任のための準備をしていたのだと思う。 頻繁に家を開けるようになり、哉太も千尋の家に入り浸ることが、以前よりも急激に増えていた。 もともと子どもよりも仕事が好きな人達だから、独り立ちさせるタイミングをうかがっていたのかもしれない。 自己責任という名目で、何でも自由にさせてくれていた。 いつものように千尋の家に入り浸って勉強だったか、ゲームだったか、それともテレビを見ていた時だったか、とりあえず何も記憶に残らないようないつも通りのことをしていたら、千尋が『実はさ、うちの親も出張に行っちゃったんだよね』と話を切り出したのだ。 別にそれはいつものことだから、何も気にしていなかった哉太も、何だか落ち着かない様子の千尋にどこか居心地が悪くなって来る。 『千尋んち、誰もいないなら今日は家に帰る』 おそらく二人の間の居心地の悪さに耐えきれず、そんなことを言ったのだと思う。 『なんで、別にいいじゃん。今日も一緒に寝ようぜ』 『いや、なんか悪いし』 『なんだよ、それ。いつも一緒に寝てるだろ。……気になるなら、どうせ明日も両親帰ってこないから、明日は哉太の家にしようぜ』 強引に一緒にいることが義務付けられ、なんだかなーと思っていると、千尋がまだ何か言いたそうに哉太を見つめていることに気づいた。 『なに』 『……別に』 『別にって感じじゃないんだけど』 はっきりしない千尋に苛立ち眉間に皺を寄せると、ようやく決心をしたのか千尋がその端正な顔立ちを引き締め、哉太に向き合った。 『カナ、キスしようぜ』 予想もしない提案に思わず目を見開く。 すると、千尋は顔を赤らめてそっぽを向いた。それがやけに年相応で、今まではなんだか無理をしていたのではないかと邪推させる。 『いま付き合ってる彼女がさ、キスは一番好きな人としなきゃいけないんだって言っててさ。しよって言って来るんだけど』 『……それでなんで、俺とキスする話になるわけ?』 『だってさ、俺、そいつよりカナの方が好きだし。カナだって俺が好きだろ』 『いや、なんていうかさ。俺男だし、恋愛上での一番とか二番とかの優劣にさ、友情とか性別とか混ぜちゃいけないもの混ぜるのおかしくないか』 呆れた様子を隠さず、自分の体重を背もたれにしていたベッドに委ねる。 『おかしくない。……それとも、カナ。俺より好きなやついるの』 哉太の上から千尋が怒りの表情でのしかかる。 あ、面倒くさい。直感的にそう思った。この表情になった千尋に勝てたことは今まで一度もない。大抵は、よくわけのわからない理論と無駄な行動力で千尋の思い通りにされるのだ。 『いない。千尋が一番好き』 仕方ないと、腹をくくって千尋の望む言葉を与える。目を見て告白すれば、顔を赤らめた千尋が一瞬怯むが、すぐに意思を取り戻した。 『じゃあ、キスして。カナ』 『いーけど……、彼女ともすンの?』 『しない。キスは一番好きな人じゃないとしちゃいけないから』 『その彼女、かわいそー』 『カナの次くらいには好きだから、いいよ』 唇が触れ合うか触れ合わないかまで千尋の顔が近づく。だが、その数センチの距離が縮まることはない。 数分間、いや現実には数秒間だったのかもしれない。触れ合うか触れ合わないか、吐息だけかお互いの髪を揺らす距離を保っていたのは。 その距離を縮め、千尋の望みを叶えるのはいつも哉太の方からだった。

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