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第3話

朝練を終え、眠気と戦いながら午前中の授業を終えると、千尋が弁当とお茶をもってやってきた。二つ持って。 彼女を取っ替え引っ替えしているこの男の評判はさほど悪くない。それは人間、顔面偏差値が高ければ高いほど、性格の悪さにはフィルターがかかり、さらに彼女より親友を優先することを認めてもらえなかったといえば、さらに好感度は上がるらしい。愛想の良さも千尋の魅力なのかもしれない。 「千尋、今日も哉太にこき使われてんの」 哉太と同じクラスの雄大が声をかける。 広げられた弁当が千尋の手作りだということはみんな知っている。 「別にこき使ってない。勝手に千尋がやってるだけだ」 「まぁ。それでもいいけど」 今日の雄大は購買で買ったパンのようで、コロッケの入ったパンを口にいれ、牛乳を飲む。 千尋の作った弁当は男子高校が作るものとは思えないほど、食材バランスもよく、彩りにもこだわっていた。 「千尋さ、なんでまた、なんだっけ、小春ちゃん?と別れたんだよ」 リクエスト通りの甘い卵焼きを頬張りながら、問いかけると千尋は少し困った顔をした。雄大がそのやりとりを興味深そうに見ている。 「別に。別れたいって言われたから別れただけ」 「どうせまた千尋が理不尽なこと言ったんだろ。返事はしない、電話も出ない、週末はデートしないとかなんとか」 「いや、そこまでじゃない。門限は19時だからそれ以降は連絡とれないし、遊べないって言っただけだ」 「門限なんかあったっけ、滝沢家。そもそも今日も美和さんたちいないだろ」 「哉太の部活が終わる時間」 「小春ちゃんって、サッカー部のマネージャーだろ。それじゃあ、サッカー部のときくらいしか会う時間ないじゃん。それに千尋あんまり部活でてないだろ」 雄大が口をはさむと、千尋が興味なさそうに答えた。 「基本は平日、朝8時30分から17時30分まで。ただ、19時までは残業可能。土日祝日は時と場合に応じて。残業も休日出勤も対応するし、出張も可能。ただし、勤務時間外は完全なるプライベートだから口出しするな。彼氏として最低条件はクリアしてるだろ」 「恋愛と仕事を一緒にされてもね。小春ちゃんも可愛そうに。なんでこんな外見だけの男を好きになったんだか。見事な巨乳なのに」 雄大はやれやれという顔で、手にしたパンの残りを口に頬張った。その上で哉太へ視線をやる。 「哉太は、彼女つくらねーの? この前、告られてたじゃん、他校の可愛い子」 突然、話題を振られ、飲んでいたお茶を噴き出しそうになる。余計なこと言うなと雄大に視線を向けると、それをみた千尋が反応した。 「カナ、俺その話聞いてないけど」 声音が少し低い。怒っているのかもしれないが顔は予想に反して笑みを浮かべていた。 「試験前に手紙もらっただけだ。そもそも付き合うとかどうとかそういう話じゃなかったし」 「じゃあ、どういう話なんだよ」 「連絡先と、名前くらい。連絡くれって言われてたけど忘れてた」 千尋の質問に答えていくと、自分の気持ちがやけに苛立って行くのがわかった。 「別に、いちいち千尋に言うことでもないだろ。お前だって別に俺に報告なく女と付き合ったり別れたりしてんじゃん」 「ちゃんと報告してるだろ。それにしばらくは誰かと付き合うつもりはない」 「そんなこと知らねーよ。そのしばらくだって、1ヶ月後だろうが、2ヶ月後だろうが、1年後だろうが、そもそも1週間後であろうがしばらくはしばらくだよな」 だいたい好きとか、千尋が一番とか、いろいろ言わせてキスまでして、彼女作るってどうなんだよ。一番好きなやつとじゃないとキスしちゃいけないんじゃないのかよ。 視線でそう訴えると、千尋は何を思ったのか余裕の表情を浮かべて、 「なに、妬いてんの?」 などと言うものだからさらに頭に血がのぼる。ちょっと落ち着けと雄大に声をかけられても、カッとなった気持ちは収まらない。 「マジむかつく。昼練に行ってくる。今日はお前、うちに来るなよ」 行ってらっしゃいとひらひらと手を振られ、送り出された。

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