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第4話
家に帰ると、明かりが点いていなかった。
一人暮らしの哉太にとって自分で明かりをつけるのは当たり前のはずだったが、前回この暗い家に帰ってきたのはいつだったのか、思い出せない。今日のように喧嘩をした日だったり、千尋に用事がある日だったり、なんらかあるはずなのにそれがいつのことだったのかだけすっぽりと抜け落ちている。それくらい、毎日、千尋とともに過ごしていた。
明かりをつけ、リュックも降ろさないままに冷蔵庫を開けると、中は案の定空っぽだった。買い出しに行かないと晩飯にも有り付けない状況を目の当たりにし、思わずため息をつく。
いつもなら、料理の得意な千尋が何か作ってくれたり、作り置きしてくれているのに。
本当に来ないと思わなかったと言えば嘘になるが、心のどこかで来ることが当然だと思っていた。
一緒に飯を食い、風呂に入り、馬鹿みたいにゲームして、寝る。お互いの両親が留守がちだからなし得る生活。
これから先、ずっとこのままではいられないことはわかっている。
大学に行けばお互い交友関係も広がる。就職だって、地方の田舎ではできないかもしれない。社会に出れば優先するものはもっと増える。恋をして、彼女が出来て、結婚して、子どもができて、その中でずっと今のままの関係でいられる筈がない。
それが現実で、それが理想で、それが運命だ。
わかってはいるが、もう少しこのままの関係でいたいと思うことも事実だった。
ムカつくけど謝ろう、そう決意し着替えもそこそこに向かいの部屋のインターフォンを押した。
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「今からそっち行こうと思ってたのに」
インターフォンを鳴らしたものの、待ちきれなくて貰っていた合鍵を使うと、音に気づいた千尋が出迎えた。
どこかのメンズブランドのモコモコしたフード付きのパーカーがやけに可愛らしく、そういえばこいつはこんな可愛い服が好きだったなと思った。端正な顔立ちは格好いいに分類されるはずなのに、こんな服も似合うのはずるい。
「カナ、まだ飯食ってないだろ。醤油きれててさー、買い出し行ってたらこんな時間になった」
「なんか作ってた?」
「ふらふら歩いてたらその辺のおばちゃんに大根を山のようにもらったから、大根サラダに、鶏肉と大根の煮物、大根の味噌汁、大根もち、大根ステーキ、大根グラタンとかいろいろ作ってた。カナ、大根好きだろ」
ダイニングテーブルには大量のガラスの保存容器が並び、中には湯気を出しているものもある。
「カナのとこ、いま冷蔵庫に食べ物ないからこれ入れて置こうと思って。腹減ってるならこっちで食う?」
返事もしないでいると、あれよあれよと言う間に座らされ、箸と茶碗を渡された。さらに出来上がったものから少しずつ箸で取り分けられる。
「直箸すんなよ、日持ちしなくなるから。足りなきゃ取り分けてやるから欲しいの言え」
目の前にいるのは容姿端麗な男子高校生のはずだが、甲斐甲斐しく世話を焼かれ、どこのプロ主婦の生まれ変わりなのかと思う。
出された料理も哉太の好みをうまくついていて、どれもうまい。
無言で食べていると暖かいお茶を出され、どこぞの女将さんですかと聴きたくなった。
「千尋、怒ってんのかと思った」
つい、出されるままに食してしまい、食後のお茶で一服するとようやく哉太はここへ来た目的を口にした。
「怒ってたら、謝ろうと思って」
「あぁ。昼のこと? 女の子のことは怒ってるけど、来るなって言われたことは怒ってない」
「来るなって言ったことは謝るけど、黙ってたことは謝らない。……だって、雄大に言われるまで忘れてただけだし」
「忘れてんだ。なに、カナの好みじゃなかった?」
哉太の発言に、千尋の目が優しくなる。
「可愛い子ではあったけど、試合の前に渡されてもさ、試合でそんなこと吹っ飛ぶって。そのあとすぐ試験週間に入ったし」
「ふーん」
疑うような目で見つめられるが、事実なのだから仕方ない。貰った手紙の在り処くらいは覚えているが、特に返事をするつもりもなかった。
「千尋も……ほんとに彼女作んねーの?」
「作らないよ、しばらくは」
「しばらくってどのくらいの期間だよ。……なんで、昼間と同じやりとりしないといけないんだよ、ちゃんと答えろよ」
「まぁ、少なくとも小春に新しい男ができるまでかな」
哉太の様子をうかがうように千尋がいう。
なぜそこに小春の名前が出てくるのか哉太にはさっぱり理解できなかったが、千尋がこの話はもう終わりというように両手をあげた。こうなってしまえば千尋は何を聞いてもはぐらかす。そういう頑固なところがこいつにはある。
哉太の胸の内を巣食うもやもやはわずかしか晴れることはなかったが、まぁいいかとお茶をもう一口すすった。温かい。顔も良くて、頭も良くて、運動神経もよくて、さらに料理も上手なら、女の子は放っておかないだろうなと思う。
ぶしつけにその整った顔立ちを見つめていると、千尋はダイニングに続いたリビングのソファーに座り、両手を広げた。
「じゃあ、さ。仲直りのチューしよ」
思ってもいなかった要求に、大きくため息をついた。
「じゃあ、って、馬鹿じゃねぇの」
「いつもしてるじゃん。仲直りのチュー。なんで今日だけ嫌がるんだよ」
「いつも嫌がってる」
そう言いながら千尋に近寄ると、腕をひかれ、千尋の上に跨がるように座らされた。自分の体重を預けるのが嫌で膝立ちになると、自然と千尋を見下ろすことになる。
「お前さ、付き合った彼女ともキスしてんの」
「しないよ。なんで」
「……俺らキスばっかしてんじゃん」
「キス、好きだしね」
誰が、とは聞かずに千尋の首筋に腕を回す。この唇が誰かと密着していないのなら、少なくとも今、唇を重ねても寂しくない。
一番好きな人としかしてはいけないキスは、この三年間、変わらず千尋とだけし続けている。
「んぅっ……」
哉太はそっと目を閉じ、嫌だという言葉とは対照的な口づけをした。
無理矢理舌をねじ込み、先をくすぐればそれに答えるように深く絡め取られる。何故こんなにもコイツはキスが上手いのだろう。官能を仕掛けるたびに、さらなる官能の波が押し返されてくる。主導権はこちらにあったはずなのに、いつのまにか奪い取られている。
息をするだけで精一杯になる頃、モゾモゾと動く千尋の指が、熱を帯び始めた漲りに触れた。
「ちひ、、、あっ、!、、」
これ以上はまずいと、唇を離し抵抗しようとすると、左手で両の手を封じ込まれ、ソファーに縫い付けるように押し倒される。
千尋の右手は、ズボンの上から形を確認するように触れていた。
「やめ、、、んっ、、!」
器用に片手のみでベルトを外され、いきり立ったソレが冷たい部屋の空気に触れた。
遮るものがなにもない状態で握り込まれ、先端から溢れ出る蜜を親指で塗りたくられる。
「朝も思ったけどさ……もしかしてカナ、溜まってる? なんか、感じすぎじゃない?」
「っ、、、、ん……やめろっ、、。さわ……んな!、、」
「そんなこと言ったって、触って欲しいって顔してるよ。このまま抜いてあげようか」
「やめ……」
グチュグチュと、嫌らしい音が部屋に響き渡り、ようやく両の手が自由になったかと思えば、己の欲望に衝撃が走った。
「っッ、、、ッ」
声にならない快感が、身体中を駆け巡る。もう、何が起こっているのか頭では理解できなかった。右脚を担ぎ上げられ、脚と脚の間に千尋の身体が入り込み、哉太の熱情を咥え込んでる。自分がどんな状態で、何をされているのか、理解をしたのは全てを放出し、吐き出した性欲を千尋が飲み干してからのことだった。
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