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第5話

「マジ、信じらんねー……」 先程までの情事があったソファーに力なく四肢を投げ出し、ボソッと呟いた。 「飲むなんて、ありえねー」 今までキスをしたり、触られたり、挙げ句の果てに出してしまうことはあったが、咥えられ絶頂に追い込まれたのは初めてだった。 怒りよりも恥ずかしさと自分への失望の方が大きい。 「カナも飲む?」 千尋に声をかけられ、誰が飲むかと口にしようとしたところで、差し出されていたものが哉太の好きな炭酸水であったことを知る。 己の恥ずかしい勘違いに気づき、悪態もつけずに、態勢を整えグラスを受け取った。 「俺のを飲めとは言わないよ。まぁ、飲みたいなら飲ませてやるけどさ」 哉太の隣に座り、哉太の頭を撫でながら言う。 「地球が滅びても、ありえない」 「そう? 初めて飲んだけどさ、別に不味くなかったぜ。まぁ、旨くもなかったけど」 「恥ずかしげもなく言うな」 「あぁ、でも濃厚だったな。そう言えば、最近、抜いてやってなかったし、そりゃ、キスで発情するよね」 思っても見なかった指摘をされて、顔を赤くした。 気怠い身体を動かし、立ち上がる。 「もう寝る。お前のベッド貸せ。ただし、一緒には寝ないから床で寝ろよ」 どうせ、聞かないだろうなと思いながら、その日哉太は眠りについた。 ### 「哉太、この前の中間の結果でてるってさ」 昼休み、汚れたボールを磨いていると、同じバスケ部の裕紀がやってきた。 近くにあった布地を手に取り、哉太と同じように磨きはじめる。 「数学の追試、50点以下だって。最悪だぜ。コーチに怒られる」 「なに、お前ひっかかったのかよ」 「学年平均40点で、なんでひっかからないでいられるんだよ」 「ひっかかんねーよ。俺、73点だったし」 ボールがキュッキュッと鳴くのを確認すると、次のボールにとりかかる。昼休みの間にこのボールくらいは終わらせそうだった。 「哉太様。追試の予想問題を教えてください」 「お前、ボールのケアをしにきたんじゃなくて、それ言いに来たんだろ」 「ボールも大事。練習試合も大事。だから、追試も大事。追試クリアしないと来週の試合出れねーよ」 「考えとく」 手にした、ボールも綺麗にワックスを塗り終えると磨いたボールと磨いていないボールが混ざり合わないように片付ける。 教室に戻るかと笑い合っていると、体育館の入り口に見覚えのある女子生徒がいるのが見えた。 綺麗な黒髪で、毛先が緩やかにまかれている。 女子生徒は哉太と裕紀に気づくと、顔を上げ、その顔に笑みを浮かべた。 「哉太くん、少し話せる?」 近くまで寄るとその膨よかなバストに目がいく。哉太はその胸で千尋の元カノだということに気づいたが、裕紀は何を思ったのか、 「俺、さき戻ってるな」 と、嫌らしい笑みを浮かべてその場を足早に去っていった。 あとで面倒なことになるな、と思ったが、小春が何かを言いたそうにしているため、仕方なく哉太は足をとめた。 「話ってなに」 大体、言いたいことはわかるけど、と心の中で含み置き哉太はなるべく感情が声に乗らないように小春に向き合った。 幼い頃より、父に女の子には優しくしなさいと教えられてきた。優しく、優しくと心の中で唱えるが今から繰り広げられるであろう千尋の話ではうまく出来るかはわからなかった。 女の子は嫌いではない。むしろ、庇護すべき対象で、愛すべき対象。 だが、千尋への橋渡しを依頼する女の子は嫌いだった。 恋をする女の子は可愛いため、そのワガママは聞いて上げたいが、代わりに行動を起こしてあげることはできない。 「千尋のことなら、俺なにもしてあげられないよ。俺が動く方が千尋怒るからさ」 なかなか用件を切り出さない小春に、あえて正面から切り込んでみる。 小春は少し面食らったような顔をして、悲しそうに笑った。 「やっぱり、そうだよね。ごめん。もうどうしていいのかわかんなくて、何も考えないままに来ちゃったけど、自分でなんとかするしかないんだよね」 涙を滲ませながら笑う小春に、胸が痛くなった。 「千尋くんとは、わたしが無理矢理お願いして付き合ってもらったの。何回かダメだって言われたんだけど、わたしのことは優先しなくてもいいからって。哉太くんのことは知ってたし、千尋くんが自己中なのもわかってたつもりだった。でも、付き合い始めたら思っていたよりも優しくて、大切にしてくれて。わたしのこと好きなのかなって思い始めて、そしたら、わかってたのに、哉太くんのこと許せなくなっちゃった」 涙目でじっと見つめられ、だからどうすることもできないって最初に言ったのに、と口につきそうになる。 「八つ当たりなんだけどね」 ごめんね、と小走りに立ち去る小春の後ろ姿を見ると、いたたまれない気持ちになった。

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