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第6話

バスケ部員の中間試験の結果は惨敗で、多くは裕紀と同じく数学で躓いているようだった。その結果がコーチに知れ渡り、叩かれたついでに追試が終了する今週末までは練習禁止を言い渡された。 コーチ自らが数学の補修をするらしい。外部から派遣されたバスケ馬鹿だと思っていたが、数学が得意なのは驚いた。しかし、関係のない哉太まで補修の巻き添いをくらいそうになったため、逃げるように体育館を後にする。 今回、運良くどの教科も追試を免れたのに、連帯責任とばかりに殴られ、さらに補修だなんて冗談じゃない。勉強は嫌いではないが、仲良しこよしでやりたいものでもないし、進んでやりたいものでもない。やらなくて良いのならば極力やりたくない。 ただ、放課後の部活がなくなると何をして良いのかわからなくなるのも事実だ。 たまには、部屋の掃除と飯でも作るかと、自転車にまたがった。 ### 見よう見真似で作ったささ身の唐揚げはそこそこ上手く出来た。味噌汁だとか、ホットサラダとか、だいたいが適当だがそれなりに食べられる。 行儀が悪いのはわかっているが、帰りに立ち寄った本屋で買ってきた雑誌を読みながら一人で飯を食っていると、玄関の鍵が開く音がした。 「あれ、カナ?」 当たり前のように帰ってくる千尋を見て、この部屋は自分の家だよな、と疑いたくなる。 「なんでこんなに帰り早いんだよ。バスケは?」 「休みになった。追試の連中多いからさ。お前も飯食う?」 「食べていいなら食べる。なんだ、カナがいるならもっと早く帰って来ればよかった。サッカー部の奴らに捕まってさ、無理矢理、練習に参加させられた」 「幽霊部員飼ってるサッカー部の連中も大変だな」 「人聞きがわるい。たまには参加している」 制服のネクタイを緩め、手を洗いながら自分のご飯をよそう。 男子高校生が所帯じみているのはなんか嫌だなと思うが、育ってきた環境だから仕方ない。 「そういえば、美羽さん達いつ帰ってくんの? 昨日いなかったけど」 「今週末。で、数日滞在して次はアメリカだって」 そう言って、千尋はスマホの画面に表示されたSNSを見せてくれた。今の時代、どこにいても繋がれるのは良いことのようにも思えるが少しさみしい。 お互いよくグレずに育ったなぁと思った。 2人で片付けをして、なにをするでもなくテレビをつける。千尋がソファに座り、スマホをいじり出すのを見届けてから、数学の問題集を開いた。 ノートに乱雑に計算式を書いていると、千尋がやって来て手元を覗き込んだ。 「カナ、追試?」 「予習。数学、当てられるだろ。バスケ部のやつら追試で予習なんかできないだろうし、そうすると絶対ノート貸せって言うからさー」 「優しいな」 「追試受かってくれないと、試合できないだろ」 「そういうところ、利己的だよな。カナらしいけど」 千尋のことは気にせず、問題を解いて行く。ある程度解くと、長い文章問題に突き当たった。 教科書をパラパラめくり、使えそうな数式と記述をさがす。 これだろうとあたりをつけて計算をするが、うまく答えがでない。違うのかと前髪をかきあげると、千尋が横から数字を書き入れた。 「ここ、計算ミス。これを直せば、答え出る」 「あ、ほんとだ。サンキュー」 消しゴムも使わずぐしゃぐしゃと自分だけがわかるように、数字を書き込む。さらに数ページほど、同じように数式と答えをノートに書き続けた頃、千尋が口を開いた。 「哉太、小春となんかあった? なんか小春が謝ってたけど」 顔を上げ、千尋の様子を伺う。 怒っているのかとも思ったが、その表情からは感情が読み解けなかった。 「少し話をしただけ」 今日の出来事を如何に伝えようか迷う。だが、特別に何か言わなければならない決定的な事実もない。 「そもそもなんで、カナと小春が話してんだよ。接点ないだろ」 「いや、お前の元カノだろ。それで接点がどうのこうの言われても困る。っつーか、俺と小春ちゃんが話したりするのが嫌ならちゃんと繋いでおけよ。手放しておいて文句言うな」 千尋の言葉に苛立ちを隠せず、つい声を荒げる。なぜこんなにも苛立つのかはわからなかったが、自分の言っていることが正論であることは確信できる。 小春が大事ならば訳の分からないマイルールを押し付けなければ良かったのだ。 小春も千尋も、互いの不器用さを哉太に責任転嫁しているようで、気に入らなかった。 「それが、カナの言い分?」 いつもの柔らかさが失われた、静かな怒りを秘めた表情で千尋が言う。一瞬、その怒りに怯みかけたが、間違っているのはお前だと千尋を見る瞳にぐっと力を込めた。 「言い分。俺にお前らの痴話喧嘩の責任を追及するな」 そこまで言うと、千尋は哉太の腕を掴み強引に立ち上がらせた。その拍子に手にしていたシャープペンシルが床に転がる。 「何すんだよ!!」 掴まれた腕を振りほどこうとジタバタ抵抗するが、怒りに満ちた千尋の力は強く、うまく外すことができない。 抵抗も軽くあしらわれ、そのままひきずられると、哉太の部屋のベッドの上に乱暴に押し倒された。 「いってぇ」 悪態をつけば、さらに上からのしかかられ、手足を封じられた。大きく脚を開かされ、足の裏が千尋の太ももに触れている。 「このバカ犬が。カナの言う通りちゃんとリードに繋いでおかないといけないな」 カチャカチャと音をたてて、哉太が身につけていたベルトを外すとそのまま哉太の両手首をまとめて縛り始める。 押さえるものがなくなり、緩くなったズボンの合間から覗く哉太のヘソを軽く千尋が舐め上げる。びくんっと身体を震わすと、更に追い込むように千尋の指が哉太の脇腹をなぞった。 ふいに湧き上がる官能に口元を押さえたかったが、両手をまとめ上げられ、頭上に固定された状況ではかなうことはない。 ズボンのボタンを外され、あえて下着の中の熱情には触れずに尻たぶの狭間をさすられ、甘い吐息がもれる。 それにも気にかけず、千尋は哉太のシャツのボタンを一つずつ焦らすように唇を使って外していた。その都度、千尋の吐息が肌に触れ、くすぐったい。 何で、こんなことになっているのか、さっきまで険悪な喧嘩をしていたはずなのに、そう疑問には思うが理性がついていかなかった。 「カナ、謝るなら今だよ」 千尋の声が脳に響く。 中途半端に衣服を見にまとった状況で、瞳は快感に濡れ、中心は芯を持ち始めている。 「俺の気持ちも知らないで、他の女に尻尾をふるな」 「は、、、? なに言って、、」 「カナが言ったんだろ、ちゃんと繋いどけって。俺に繋がれたいか」 「あれは、小春ちゃんのことで、、、っッ!」 話の途中で、首筋を噛まれた。 鋭い痛みとともに吸われる音が聞こえる。 「首輪。ちゃんと見せつけとけよ」 くっきりと残る歯型の周りに花びらのように赤い斑点が散りばめられている。首筋では隠しようがない。 「ごめんなさいして、いい子にキス出来るならここで終わり。出来ないなら、考えがあるよ」 熱を帯び、迸る液を塗り込めながら千尋が選択を迫る。 何に千尋が苛立ち、何に謝らなければならないのか、人質をとられたこの状況では正常な判断が出来ない。ただ、今までの経験上、素直に謝ることが得策であることは間違いがなかった。 「……ごめんなさい」 「じゃあ、仲直りのキスは?」 なんていう要求をしやがる。 従うことが当然とでもいうように、口角をあげてこちらを見ている。 「……こんな体勢で出来るわけないだろ。お前からしろ」 「それもそうだな」 束ねられた手に、千尋の長い指が絡まりさらに体重がかけられる。 重ねた唇は軽く血の味がした。

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