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第332話 Wedding(追加後日談)

ハルとの婚約が正式に決まった。婚約という言葉自体は正確ではないのかもしれない。けれど、若き政治家の演説がこの街に大きな変化をもたらした事実は変わらない。今日、双木勇也は小笠原勇也へと変わる。 「意外と手続きって時間がかかるもんだね」 「だから言ったろ、なにも今日式挙げることねえって」 「だって一番にやりたかったんだもん」 「いい歳してそんな言い方するな」 確かに、ここまで長かった。大学に入ってから引っ越して、同居生活で何度も衝突した。もうアラサーと呼ばれる歳にまでなってしまったけれど、俺達はあの頃よりも成長できているだろうか。 「もう聡志達はチャペル着いたって」 「気が早いんだよあいつら、いい歳して…」 「勇也もアラサーだけどね」 「うるせえ、信号変わったんだから早く行け」 ハルの運転する車でチャペルへと向かう。その後はレストランに移動して小さな披露宴を行う予定だ。 そもそもそんな大規模なものではなく、身内と親しい共通の友人を数人呼んだ程度である。 口では嫌がっていたけれど、正式にこうして結ばれることが喜ばしくもあった。 チャペルに到着すると、急いで控え室で着替えが始まる。この前ハルと二人で散々言い争った末、俺は黒、ハルは白のタキシードを身に纏うことになっていた。 「やっぱり勇也はドレスの方が…」 「黒歴史だ。俺は別に女になりたいわけじゃねえ」 「はいはい、怒んないで。タキシードも似合ってるよ」 そう言ったハルが身にまとっている白いタキシードは輝いて見えた。高校生の時とはまた違う色気のようなものが出てきた気がする。仕事の時はセットしていなかった前髪をかき揚げ、得意げに微笑む。 「どう?見て見て、似合ってる?」 「似合ってるからはしゃがないでください、小笠原先生」 「もー…勇也も小笠原になるんだよ、分かってる?」 まだ実感がわかない。そうか、今日からもう小笠原を名乗っていいんだ。 きっと病院ではしばらく双木姓のままでいるが、苗字が変わるだけで家族になったという感覚はこうも変わるものなのかと、不思議に思った。 「もうみんな集まってるみたいだな、早く行くぞ」 「結婚式は謙太くんのとき以来だね、緊張しちゃうな」 「…もう随分経つんだな」 二年前、上杉は俺たちとは面識のないどこかの娘と結婚した。またその二年前に父親である虎次郎は他界している。今では上杉の名を、組を受け継ぎ謙太が裏の世界で生きているのだ。父親が最後まで生き続けた証を、まだ消したくないのだと言う。 「何があるか分からないもんだよ、人生って」 ハルはそう言うと小さく息を吐き、手を差し出した。その手を取ると、チャペルの扉が開かれる。 バージンロードを歩くと、皆が拍手しながら迎え入れてくれる。手に持った花びらを各々投げ、俺たち二人の頭上に舞った。 パイプオルガンの音と聞き慣れてはいない聖歌が響き渡っていた。 客観的にしか見たことの無い牧師とのやり取りひとつひとつを誓約していく。愛し合い、支え合うことを確かにここで誓ったのだ。 誓いのキスで取るベールは被っていなかったが、ハルは俺の肩を優しく掴むと、小さく微笑んだ。 唇が重なり合い、辺りの音が全て鮮明に聞こえる。誰かの感嘆を漏らすような息、すすり泣く声、自分の鼓動が早くなる音。 一瞬の出来事が、永遠のように感ぜられた。 式が終わり披露宴を行う予定のレストランへ向かうと、先程のような緊張感は急に薄れていた。というより、緊張のし過ぎで少し気疲れしているのかもしれない。 代わる代わる皆が新郎二人の席に挨拶へ来る。誰もがあの日、あの時俺たちを支えてくれた面々だ。 そして高校時代の友人二人が目の前までやってきていた。 「二人ともおめでとう!こんなに早く式挙げるとは思わなかったぜ」 「お前達、というより小笠原のことだからもっと派手にやると思っていたが、親しい者達だけ集めた披露宴もいいものだな」 上杉と真田、二人とも随分見た目は落ち着いて大人びた雰囲気になっている。話し方や中身はそこまで変わっていないように思えた。 「二人ともありがとう、忙しくなかったの?」 「俺は丁度仕事無かったからさ。この場に謙太がいるのは周りの皆には内緒だけどな」 「俺は少々無理を言って時間をつくってきた。聡志には迷惑をかけてすまないな」 「ありがとな、わざわざ。今そっちで上杉の嫁さんが呼んでたから、行ってこいよ。俺たちとはまた後で話す時間あるだろ」 そう言うと、上杉は自分の席の方へと戻っていった。そんな上杉のことを遠目に見ながら、真田が小さく口を開く。 「…奥さん、綺麗だよなぁ」 「うーわ、聡志人妻に目つけてんの?」 「そんな訳ないだろ!…ただ、俺は…」 そこまで言うと、真田は口ごもる。 俺とハルが神妙そうに見つめると、気まずさを混じえたまま再び口を開いた。 「謙太が結婚して、少しもやもやするっていうか…親友だし本当は祝ってやらなきゃいけないのに、取られたみたいな気になっちゃってさ。変だよな」 そう言って笑う。ハルと目を見合せたが、思っていることはきっと同じだろう。 真田の思っているそれが友達以上の感情なのかは分からないが、少なくとも高校生の時は上杉がその情を真田に対して持っていたのだ。けれど上杉本人は真田のことを思ってその気持ちを何年も隠して封印してしまっていた。 結局、組を継ぐにあたって許嫁と結婚まで取り決めてしまったのだ。今の真田の話を聞いたら、上杉はどう思うのだろうか。 「謙太くん取られて拗ねるなんて、聡志は謙太くんのこと好きだったの?」 ハルがわざとらしくそんな風に聞くと、慌てて否定するかと思いきや、真田は視線を落として寂しげな笑みを浮かべるのだった。 「そう…なのかもな。謙太が結婚して、俺は自分の仕事を進める中で、俺と謙太がお前達みたいになる未来もあったのかなって勝手に考えてた。仕事で色んな人達の話を聞いて、思い込んだだけなのかも分からないけどさ」 「…遅かったのかもね、色々と」 「まあでも、あいつがどう思ってるかなんて俺には分かんねえしさ…いいんだ、一番の友達でいられるなら。それより今日は双木と遥人におめでとうって言ってやらないと!」 持ち前の明るさで笑ってみせる。無理をしていると言うよりは、吹っ切れているようにも見えた。軽く手を振り、真田も元いた席へと戻っていく。 「運命って、時には残酷なもんだね」 「でも…これで良かったのかもな」 「そうだね、必ず上手くいくとは限らないし…きっと謙太くんが一番わかってたと思う」 和気あいあいと話す人々を眺めながら、改めて自分達が恵まれていることを実感する。 テーブルの下でハルとこっそり手を握りあった。 いくつもの困難があって、その度に心はすり減った。けれどもその分、お互いを想う気持ちも強くなっていった。俺達だってこれが正解なのかは分からない。 でも今なら言える、幸せであると。 「ハル、お前のことは必ず幸せにする」 「それ俺が言うセリフなんだけどね。俺も、勇也のこと幸せにするよ、約束する」 テーブルの下で握っていた手を、またもう片方の手でもしっかり握り胸の前に持ってくる。 ここにいる誰も何が普通かなんて気にしてはいない。ただ俺たちがこれからも愛し合い、支え合って生きていく家族になることを、誰もが祝福してくれていた。 愛する人と共に生きる当たり前の幸福を、噛み締めて、離さずにいたい。 愛することを教えてくれた貴方へ

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